「この感覚がなければ、絶対に辿り着けなかった」イチローが打ち立てた金字塔“262安打”に「どうしても必要だったもの」とは何か？《インタビュー／2004年》

石田雄太

野球

2025/02/27

2004年10月1日、メジャー歴代シーズン最多安打を更新し、本拠地セーフコ・フィールドの歓声に応えた

84年ぶりの世界記録更新の瞬間、球場が、アメリカが、そして日本中が拍手に包まれた。今後、破られないであろう“とんでもない記録”を達成した裏には、安易に自身の打撃を「進化」とは表現しない、イチロー自身が認めた「違う次元の感覚」があった。（初出:Number613号イチロー「262安打のためにどうしても必要だったもの」　NumberPLUS「イチローのすべて」にも掲載）

　日本中が、イチローに視線を注いだ日。

　2004年10月1日、シアトル。

　イチローは、言い知れぬ不安に包まれていた。残り3試合でヒット1本──これまで3試合連続ノーヒットは一度もなく、158試合で256本ものヒットを放ってきたイチローをもってすれば、届かないはずのない、簡単すぎる数字に思えた。

　しかし、たった3打席の凡退がイチローにとってはトラウマになっていたのだ。

　9月30日、オークランドでのアスレチックス戦。イチローは、左腕のレドマンからライト前に今シーズンの256本目となるヒットを放ち、ジョージ・シスラーの持つシーズン最多安打の大記録まで、ついにあと1本というところまで迫った。

　リーチをかけたイチローはその日、タイ記録のかかった打席に3度立った。1度目は、外の緩いカーブに空振り三振、2度目はいい当たりのレフトライナー、3度目はアウトハイのまっすぐに空振り三振。

　じつはこの3打席の凡退を、イチローは引きずってしまっていたのである。あと1本が打てないかもしれない──そんなイチローの心の内を知る由もないファンやメディアは、地元に戻れば必ず打つ、記録はシアトルまでとっておいたんだと、軽く口にしていた。

イチロー「1打席目に入る前、すごく緊張している状態」

　シアトルでのレンジャーズ戦、1回裏の第1打席。イチローが振り返る。

「あの日、1打席目に入る前、すごく緊張している状態で、自分が普通じゃないと感じていました。オークランドであと1本になってからの3つの打席でヒットが出なかった、そのことでプレッシャーがかかることは明らかでした。ですから、シアトルでの1打席目がすべてを決めると思っていたんです。そこでもし1本が出なければ、どんどん苦しくなる。ひょっとしたら、3試合で1本出るかどうかもわからない……そんなふうに思っていたから、その1打席目は、普通ではいられませんでした」

会員になると続きをお読みいただけます。