
7年連続首位打者のプライドとともにMLBへ。開幕戦での2安打に始まる活躍を期待以上と表現するならば、失礼にあたるか。恐るべきバッティング技術でも、高い身体能力でもなく、最も卓越しているイチローの武器は果たして何なのだろう。(初出:Number521号 イチロー「躍動するスピリット」 NumberPLUS「イチローのすべて」にも掲載)
シアトルで会ったイチローの声は、ワンオクターブも高く聞こえた。
「そりゃ、メチャメチャ楽しいですよ」
イチローが、メジャーで思う存分、野球を楽しんでいる。開幕戦のセーフコ・フィールドでこんなシーンがあった。4-4の同点で迎えた8回裏、ネクストバッターズサークルに向かうイチローを呼び止める、三塁ベースコーチのデーブ・マイヤーズ。イチローの肩を抱き寄せるようにして、何やら耳打ちをしていた。もちろん、英語である。
「サードが前に出てきたらライトサイドにどうのこうのと言っていましたから、あぁ、右側にバントすればいいんだなと思って(笑)」
ランナーが出たら、送りバント──おそらく野球を始めて以来、イチローにとっては縁の薄い指示だったはずだ。それでも彼はきっちりバントを決めて、足の速さで相手のミスを誘発した。そしてこのバントヒットが、マリナーズに勝利をもたらした。
「今日、一番緊張した打席でしたね。しばらくやっていなかったので、バントのサインが出たときはドッキドキでした」
高校でもプロでも飛び抜けた成績を残してしまい、すぐに特別な存在になってしまったイチローは、常に「イチローだから」という目で見られてきた。
しかし、イチローの何が特別だというのだろう。何もしないで打てるようになったわけではない。質の高い練習を、誰よりもたくさん続けてきただけだ。そんな価値観が当たり前のメジャーに来て、イチローは忘れかけていた刺激を思い出していた。

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photograph by Naoya Sanuki