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ボクサーの駄目家族と疲れた町。
~映画『ザ・ファイター』の魅力~
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph by(C)2010 RELATIVITY MEDIA. ALL RIGHTS RESERVED.
posted2011/03/12 08:00
3月26日(土)より 丸の内ピカデリー他全国順次ロードショー
ボクシング映画には定型がある。ロマンティック・コメディに定型があるのと同じくらい、ボクシング映画はパターンにはまりやすい。
『ロッキー』ならば、負け犬の逆襲という言葉が思い浮かぶ。『レイジング・ブル』ならば、困った性格という観念が浮上する。『シンデレラマン』ならば、愚直な人生というキーワードが導き出される。
が、『ザ・ファイター』はこのいずれにも属さない。実在のボクサー(ジュニアウェルター級のミッキー・ウォード)をモデルにし、物語の基本に実話があることはたしかだが、いわゆるヒロイックなボクシング映画や破滅的なボクシング映画を期待すると、拍子抜けの感じを覚えるかもしれない。
第一に、主人公ミッキー(マーク・ウォールバーグ)の影が薄い。話のクライマックスには、彼が挑んだWBU世界ライトウェルター級タイトルマッチ(2000年にロンドンで戦われた。ウォードは34歳だった)が用意されているものの、そこに至るまでのボクサー生活はあまり劇的に描かれない。そもそも、ウォードの名を世界的に高めた、対アルトゥーロ・ガッティ3連闘(2002~2003)が、この映画ではすっかり省かれている。
では、映画の柱はなにか。
ミッキーの戦う相手はだれか。
答を明かすと、彼の敵は家族だ。
ジャンキーの兄と、その兄を溺愛してダメにする母親。
先日発表された第83回アカデミー賞の結果からも推測がつくはずだが、助演男優賞を獲得したクリスチャン・ベールは、この映画でミッキーの兄ディッキー・エクランドを演じている。助演女優賞に輝いたメリッサ・レオも、やはりこの映画でミッキーの母アリスに扮している。
この家族が、実は陰の主役だ。
クラック中毒の兄ディッキーは元ボクサーで、あのシュガー・レイ・レナードから1度だけダウンを奪った(実はスリップダウンだったようだが)ことを人生の支えにしている。ミッキーは兄に憧れ、兄を乗り越えようとするが、肝心の兄は刑務所に入れられてしまう。
もうひとつ迷惑なのは母親の存在だ。
母はディッキーを溺愛していた。無意識のうちにディッキーが一番と思い込み、ミッキーのマネージメントをしながら、妙な相手ばかりを選んでカードを組んでしまう。