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伊藤匠は「夢を半分実現してくれた」かつてのライバル、学生名人・川島滉生が語る“幼なじみ”への思い「たっくんは全てを将棋にささげていた」
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byKeiji Ishikawa(L)、Yuki Suenaga(R)
posted2024/06/24 06:00
竜王戦で初のタイトル戦挑戦となった伊藤匠。その伊藤と幼少期、しのぎを削った学生名人・川島滉生さんに話を聞いた
「伊藤挑戦者に関しては、同学年という立場を超えたライバル関係にありました。その頃は口にこそしていませんでしたが〈2人でプロになって、2人でタイトル戦を戦う〉という共通の思いがあったのは確かです。その夢を半分実現してくれた、と言いますか。だから他の棋士の方々に比べて伊藤挑戦者に対しては強い、特別な感情があるのは確かです。客観的に見ると“同学年対決”ではありますが、自分の中では……将棋界の絶対王者に対して、昔のライバルだった伊藤挑戦者が挑んでいる。そんな構図で見ています」
努力量がケタ違い。それは自分にとって足りないところ
かつてのライバルに対して、川島さんが幼少期に抱いていた感情には「いつか追いついてやろう」という競争心と「将棋への情熱、集中力」に対する畏敬の両方があった。川島さんが、棋士養成組織である奨励会への道を歩まなかったことは前編で記した通り。そこに至るまでの経緯として、周囲の大きすぎる期待ゆえ、心の中に生まれた“勝つことへの重圧”が一因となっている。それとともに切磋する伊藤を観察していると、将棋への熱量に段違いのものを感じたという。
「大げさではなく、寝ても覚めても将棋をしているんです。例えばですが……彼は確か小学校低学年の頃から夕食前の5~10分ほどの時間があれば、棋譜を並べている。他にも道場にいるときは当然、将棋をやるわけですよね。しかも彼は空き時間、誰にも見られていない時でも将棋のことを考えている。つまり、生活に必要な時間以外は全て将棋にささげていて、努力量がケタ違いだったんです。それは自分にとって足りないところ、及ばないところだったんです」
高1で全国大会優勝、火がついたきっかけは…
自発的に努力するためには、どこまでその物事が好きになれるか――普遍的なものだ。川島さんは伊藤少年の姿を目の当たりにすることで「本気でプロで指そうとする人」との差を見せつけられたと言っていい。ただその一方で、1つの疑問が湧く。なぜ川島さんは、その熱量の差を見せつけられても、今なおアマという立場で将棋を続けているのだろうか。
それを聞くと「好き嫌い」とは違うキーワードが出てきた。