濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「入り口は私。だって可愛いから(笑)」人気女子レスラーの野望…「燃え尽きかけた」中野たむが“2連敗の屈辱”から見つけた強くなる理由
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2024/06/02 17:00
5月18日の横浜武道館大会、ウィロー・ナイチンゲール戦のリングに入場する中野たむ
アジャコング戦の「敗北感」の意味
彼女が対峙しているのは世界であり、女子プロレスの歴史だ。ジャンルをめぐる縦軸と横軸、どちらも意識していることになる。
アジャコングから感じたのは、まさに歴史の重みだった。
「アジャ戦は絶対に負けたくなかった。レジェンドだから負けても仕方ないなんて思わないです。だって私、去年の女子プロレス大賞をいただいてるんですよ。2冠チャンピオンにもなって、スターダムを代表する立場。その選手がアジャコングに負けたら、今のスターダムが女子プロレスの歴史に負けたことになってしまう」
アジャは歴史を背負いながら、あくまで“今”の選手としてさまざまな団体で活躍している。その凄味を、たむも見せつけられた。
「私は張り手やエルボーはどの選手より強いって自負があるんですけど(アジャは)岩を殴ってるみたいでした。打撃の強さも“どれだけの修羅場をくぐってきたんだ”と感じるくらい強かった。それに佇まい、オーラ。体じゅうから女子プロレスの歴史を感じました。そこに凄い敗北感があって……。惨めでした、本当に」
長期欠場で“赤いベルト”ワールド・オブ・スターダム王座を返上すると、引退も考えた。そんな時に奮い立たせてくれたのが女子プロレス大賞受賞の報だ。プライドも責任も感じている。最新の受賞者は、つまり女子プロレス界の現在の“顔”でなければいけないと。なのに“歴史”に負けた。
何度もマットに叩きつけられて…
さらに“世界”の広さも痛感させられた。ウィローは体重80kgを超える大型レスラー。攻め込んでもサイズとパワーに跳ね返され、いつもの試合より消耗も激しい。「試合の後半になると技の威力も精度も落ちてきてしまった」とたむ。何度もマットに叩きつけられて3カウントを奪われた。だがそれでも“らしさ”を感じさせる場面があった。
とりわけ印象深いのが、真っ向からの打撃戦。エルボーを打ち込んでくるウィローに、たむは全力で張り手を連打していった。ジャパニーズスタイルでありスターダムスタイルであり、中野たむスタイルのプロレスだ。
「ウィロー、嫌がってましたよね。誰だって嫌ですよ、顔を張られるの。でも張り手が一番、感情が伝わる技だと思うので」
世界と向き合うからこそ“世界標準”のスタイルではなく自分の闘いを貫く。譲れない一線を守っての敗戦だった。一方でスターダムを世界に広めるため、変えたほうがいい部分もあるという。
「4月にアメリカで試合をして、プロレスがもの凄くたくさんの人に見られている、広く愛されているというのを感じました。もちろんスターダムのプロレスも負けてない。でも現状は“極めすぎ”な気もするんです。技の難易度だったり展開の緻密さだったり複雑な人間関係だったり、それが魅力ではあるんだけど濃すぎてとっつきにくい部分もあるのかなって。スターダムのプロレスが世界一であるために、もう1段階、洗練されるタイミングがきていると思う」