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「レース直前までトイレに籠りきりの状態で…」日本学生記録の道下美槻(22歳)が進路に“指導者ナシ”の非強豪大を選んだ「切実な理由」
text by
山崎ダイDai Yamazaki
photograph by(L)Nanae Suzuki、(R)AFLO
posted2024/05/09 11:03
今年の4月から積水化学に入社した女子陸上の道下美槻。立教大学時代は1500mで学生新記録を更新するなど中距離を軸に活躍
「3年生の時はもう本当に試合の日はレース直前までトイレに籠っているような状態になってしまって。全然、満足な走りができませんでした」
その理由について、道下は「いま考えると……」と考察する。
「当時は言われた練習しかやってなかったですし、自分の頭で考えるということができていなかった気がします。メニューの設定タイムに対しても、『速くなるためにはこのくらいの強度が必要だから』という考えではなく『何とか先生の期待に応えなきゃ』みたいな感じになってしまっていて。その考え方のせいで、自分で自分にプレッシャーをかけて、悪循環になっていたんだと思います」
内発的な課題解決のためのトレーニングではなく、外側から与えられたものをこなす。それゆえ自らに重圧をかけてしまう。本来は強くなる、記録を伸ばすための練習のはずが、「やらされる」練習になってしまっていた。そんな状態が続いたことで、楽しかったハズの陸上競技は、どんどん苦しいものへと変わっていってしまった。
結果的に2年目、3年目はインターハイ路線、駅伝ともに全国の舞台に立つことすら叶わなかった。
大学では「自由に陸上をやりたい」
そんな高校時代の失意の結果を受けて、道下は思い切った決断をする。
「大学進学では思い切って指導者のいないところに行こうと思ったんです。こうなったら自分で自由にやりたいなと思って」
そうして道下が選んだのが、前述のように専門の指導者がおらず、学生主体の運営を行っていた立教大だった。
当時の立教大はスポーツ推薦のシステムこそあったものの、他の駅伝強化校のように競技実績があればほぼフリーパスで入学できるような状況ではなく、合格率も決して高くなかった。そんなハードルを鑑みてもなお、これまでとは違う環境に身を置きたかった。
なんとか入試に合格し、新たな世界に身を置いたことで、再び道下の走りに変化が起きることになる。
<次回へつづく>
(撮影=鈴木七絵/文藝春秋)