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「あの馬が世代最強」「来年は全部これに持っていかれるな」名手たちが絶賛した“消えた天才”…28歳で大往生“芦毛の怪物候補”を覚えているか
posted2024/04/11 11:04
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph by
Sankei Shimbun
「能力だけならあの馬が世代ナンバーワンだろう」
1997年の春、田原成貴、横山典弘、蛯名正義、四位洋文といった騎手の座談会で、自然と1頭の旧4歳馬の話になった。
「距離適性などを抜きにして、能力だけならあの馬が世代ナンバーワンだろう」
そう見解が一致した。
後日、それを武豊に伝えたら「ぼくもそう思います」と頷き、「それだけに、路線の重なるシーキングザパールで負かしたいですね」と加えた。
トップジョッキーたちが認めた世代のトップホースとは――。
芦毛の外国産馬、スピードワールドである。
6馬身差の圧勝…圧巻だった京成杯
アメリカで生まれたスピードワールドは、市川不動産の所有馬となり、美浦の小西一男調教師が管理することになった。
デビューは1996年10月12日、東京芝1400mの旧3歳新馬戦。的場均を背に、4馬身差で圧勝。橋本広喜が騎乗した2戦目の府中3歳ステークスは5着に終わるも、的場に手綱が戻ると、ひいらぎ賞(500万下)、1997年初戦の京成杯、3月のクロッカスステークスと、すべて完勝で3連勝をやってのける。
なかでも圧巻だったのは京成杯だ。大外10番枠から1馬身ほど遅れたスタートを切り、徐々にリカバーして中団の外につけた。3、4コーナーを回りながら差を詰め、先頭に並びかけて直線へ。的場が鞭を右手に持ち替え、軽く促しただけで加速し、最後は流すようにして2着を6馬身突き放した。1頭だけ古馬がまじっているのではないかと思うほどの強さだった。
当時は外国産馬の出走できるレースが限られており、年明け3戦目として「マル外(外国産馬)のダービー」と言われていたNHKマイルCを目ざしていたが、捻挫のため回避。
ターゲットを歴戦の古馬が相手となる安田記念に切り替えた。主戦の的場がオークスで落馬負傷したため、田原成貴を鞍上に迎えることになった。