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「藤井聡太さんが新しい勝ち方を見せてくれた」“AI最善でも絶対指せない手”を…藤井将棋・進化の深層「羽生善治先生との王将戦もです」
posted2023/12/30 06:03
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph by
Asami Enomoto/Keiji Ishikawa
藤井聡太八冠は2023年も、棋士すら驚く一手を繰り出し、勝利を積み重ねていった。様々な対局をつぶさに見ていた高見泰地七段が特に感銘を受けたというのは、佐々木大地七段と相まみえた棋聖戦第3局のこと。この一局では9筋に桂馬が跳ねるなど恐ろしいほどの構想力で快勝譜を築いたが、高見が高揚した表情で語るのは“一見、王将が危なそうな形”にあえて飛び込んだ一手の凄みだった。
◇ ◇ ◇
なぜ“玉が逃げられるルート”があるのに?
――佐々木大地七段との棋聖戦第3局、高見さんは73手目の〈8六玉〉に驚きを隠せなかったとのことですが、「凄さの根拠」について深掘りして教えてもらえますか?
「局面全体を見ると、藤井棋聖の玉が前方にある7筋と8筋の歩を支える状態となっています。ただし後手の飛車が近く、この時点で藤井さんの持ち駒は桂馬と歩が2枚ずつでした。一方で盤面の右側を見ると、将来的に6筋から5筋、4筋……と玉が逃げていくルートが確保されている。だから自然と考えられるのは、相手の攻撃が直撃するのを防ぐための手順なんです。でもここで〈8六玉〉と寄ったのは、あえて〈私は居座って持ちこたえます〉と宣言しているようなものです」
――攻めの大駒である飛車に近づくのは、一見リスクが大きいのではと感じます。
「そうですよね。でもこの局面で相手の持ち駒が〈歩切れ〉なのが大きいんです。佐々木七段としては7筋に歩を合わせられず、次の展開が難しい。つまり藤井さんは相手の状況を見越した上で玉を動かした。その胆力は……恐ろしいなと思いました。コンピューターで解析して〈ほぼ最善手〉だったことも驚いた要因の1つではありますが、何より自分が対局者の立場だったら〈絶対に指せない手〉という意味で、今年一番印象に残っています」
――それこそ高見さんが最も驚いた部分だった、と。
「はい。王座戦トーナメント村田顕弘六段戦の〈6四銀〉は逆転への唯一の道を選んだわけですが、この〈8六玉〉は優勢からどう勝ち切るか、新しい勝ち方を見せてもらったと感銘を受けました」
伊藤匠の挑戦権獲得は「世代の転換点」となるか
――対局者に視点を移すと、初のタイトル挑戦として佐々木七段、伊藤匠七段が藤井八冠に挑みました。