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スポーツ百珍BACK NUMBER
「将棋は自分で完結、お笑いは他者の評価」「ネタ作りは研究以上にキツい」けど…異色講師・栗尾軍馬34歳が感じた“盤上と芸人の共通点”
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byShigeki Yamamoto
posted2023/12/25 17:01
将棋奨励会とお笑い芸人。2つの道を歩んだからこそ栗尾軍馬さんが感じたことは?
今も無数にいる芸人と同じく、都内に散らばる小さな劇場などで、必死に笑いを届けようと奮闘した。
人とは違う視点で笑顔を届けようとする。そんなモチベーションの源には栗尾の性格や棋風も影響があったのかもしれない。
「もしかしたら根本は目立ちたがり屋だったのかもしれません。将棋でも自分だけで研究してきた手を温めておいて、その一手で勝ちにいく。〈見えないところから攻撃が飛んでくる感じがする〉と言われたことがあるんですが、相手はその一手を知らないからビックリさせよう、そんなことをやりたがっていた性格なんだと思います」
自己完結の将棋、他人に評価されるお笑い
将棋とお笑い。芸人顔負けのトーク力を持つ棋士もいるし、勝負の世界に生棋士をリスペクトする“将棋大好き芸人”もいる。ただ両方と真剣に向き合った栗尾だからこそ分かる、決定的な違いがあった。
「一番大きく感じた違いは〈将棋は自分で全部完結できるもので、お笑いは他人に評価されるもの〉でした。将棋は勝っても負けても自分の責任となる。そこが遊んでいて気持ちよさを感じるゲーム性なのだな、と。一方でお笑いに関しては〈笑いに来ている観客の皆さん〉が評価するもので、そこの感覚に合わせられず何度も悔しい思いもしましたし、やっぱり将棋っていいなって思った瞬間があったのは確かです」
ただし、すべての物事に違いがあれば、似ている部分もある。2つの共通項に関して栗尾はこのように続ける。
「将棋もお笑いも勝負事で、そこは一緒だなと思いました。他の芸人と比べてだれがウケるか。基本的にどの舞台もネタを見せて終わりではなく、必ず順位がつくわけじゃないですか。あともう1つ割と近いなと思ったのは……」
そう、芸人として向き合わなければいけない「ネタ作り」だった。
ネタ作りと持ち時間、追われる感覚で何が違うのか
「ファミレスとかで1人で悩んで考えているのって、将棋で言えば研究に似ているんです。家の将棋盤の前でずっと変化を考慮しているようなんです」
たしかに、棋士も芸人も表現できる場としての対局や舞台がある。ただその“戦い”に身を置くためには、見えないところでの準備が必要であることは誰もが知るところだ。ただ栗尾は徐々に、お笑いに取り組む上での難しさを認識し始めていた。