「将棋の研究に近い感じではあるんですが、ネタ作りの方が個人的にはキツかったんです。いや……むしろ研究はそんなにキツいと思ったことはなかったんです。そこには〈時間〉の違いがあるかもしれません。ネタ作りには締め切りというものが絶対にあって、時間に追われる感覚があったんです」

　時間に追われる——というと、将棋にも「持ち時間」がある。簡単に言えば1つの対局で考慮に使える時間のことで、それが切れれば1手30秒、1分以内などで指さなければ反則負けとなるタフなルールである。しかし栗尾は「序盤の研究から必ず外れて、そこから時間を使って秒読みには追われるんですが、それは嫌な感じはしません。もっと言えば序盤の時の読みと、秒に追われていて読んでいる時のスピードは全然違うんです」と、むしろ醍醐味だと感じている節があった。

今もわからない部分もあるんですが……

　それとは対照的に、なぜネタ作りの時間はキツかったのか。「今もわからない部分もあるんですが……」と前置きしながら、栗尾はこう続けた。

「将棋には〈この一手〉というものがありますが、お笑いはいくら頭を回転させたところで、なにも思いつかないときは何ひとつアイデアが浮かばないんです。それと自分自身が本来きっちりとした人間ではなく、ダラダラしてしまうのだなとも自覚しました。ネタを書くとき、何もしてもらわないんですが、目の前に相方にいてもらうこともありました。じゃないとすぐネタ作りを辞めてしまうので」

　その後、栗尾さんはコンビ関係などもあり、お笑いでの挑戦を終えることにした。戻ってきた場所は自らの原点と言っていい、将棋講師である。

『KAI将棋教室』で子供たちに指導する栗尾さん　©Satoshi Shigeno

将棋講師、そして藤井八冠のテレビ番組にも携わった

　当初は芸人との“二刀流”で臨んでいたが、奇しくも奨励会の退会リミットである26歳頃に道を1本に絞った。その際に声をかけてくれた恩人は、幼い頃の将棋教室で出会った友人の父親であったり、奨励会時代の旧友・甲斐日向らだった。

「友人は奨励会に行かなかったんですが、そのお父さんが〈自分の息子は将棋で成長させてもらったから〉と江古田に将棋教室を作りました。そこで何年かバイトをしているうちに、講師として迎えていただきました。さらに奨励会時代の先輩、そして甲斐くんのような後輩からも〈うちの教室で教えてくれない？〉と色々な人に仕事を振ってもらえるようになりましたね」

　そんな仕事をこなしているうちに――芸人という立場ではなく――2023年、栗尾が“TVデビュー”を飾る機会があった。

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