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藤井聡太に王将戦で2勝、タイトル100期にリーチ…復活の永世七冠・羽生善治がそれでも激務の将棋連盟会長となった理由 

text by

大川慎太郎

大川慎太郎Shintaro Okawa

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photograph byKeiji Ishikawa

posted2023/10/15 06:00

藤井聡太に王将戦で2勝、タイトル100期にリーチ…復活の永世七冠・羽生善治がそれでも激務の将棋連盟会長となった理由<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

藤井聡太の名人就位式に日本将棋連盟会長として出席した羽生善治。藤井との対戦で復活を印象付けた天才棋士はなぜ会長職を引き受けたのか

AIの示す評価値と、自分の経験による感覚の最適解

 ところが羽生は2022年から白星を増やし始めた。棋譜を見れば、序盤の戦い方が以前と違っているのは明らかだった。若手の研究家が相手でも最新形を受けるようになり、また時には評価値が低いとされる戦法を後手で採用することも増えた。作戦を適当に散らしているのではなく、AIの判断も取り入れたうえで選んでいることは間違いなかった。AIという時代の潮流に翻弄されていた羽生が、ようやくうまい付き合い方を見出したのだろう。AIの示す評価値と、自分の経験による感覚を融合させる道筋が見えてきたのだ。

「経験による視点とまっさらな視点の両方を持たなくてはいけない」と羽生は言うが、これはすさまじく難しいことである。AIを妄信してパソコンの前で無為な時間を過ごすか、完全に無視して自分の世界に引きこもり、いわゆる「オジサン将棋」しか指さないかになりがちだからである。

 あの羽生善治が自らの成功体験をかなぐり捨てて、新しい将棋に謙虚に向き合っている。それだけ将棋は羽生にとってとてつもなく深く、畏怖すべき存在なのだ。

藤井さんとのタイトル戦は実現できればと考えていた

 いくら羽生が復活を遂げたとしても、2023年初頭から始まった王将戦七番勝負の相手は藤井聡太だ。下馬評は王将の藤井が断然上だったが、羽生は喜びに満ち溢れていた。この王将戦に出場したことは羽生にとってどのような意味があったのかを尋ねると、次のような返事があった。

「藤井さんとのタイトル戦は以前から実現できればと考えていたので、王将戦でできてよかったです」。

 きわめて素朴な答えだが、本心だろう。2人の年齢差は32歳あり、これだけ離れているとタイトル戦ではすれ違ってしまうのが普通だ。だが羽生の息の長い活躍と、藤井の超早熟ぶりが噛み合った結果、実現したのである。

藤井が脱帽「羽生九段の強さを感じることが大いにあった」

 開幕戦は藤井が快勝。驚愕したのは第2局だった。羽生は相掛かりという流行形で藤井に真っ向勝負を挑んだ。早々に大駒を乱舞させ、藤井陣に迫っていく。いまも伝説になっているその手は、初日の夕方に現れた。羽生が持ち駒の金を敵陣の玉から離れた僻地に打ち込んだのだ。金は利きが多い駒なので、通常は自陣の守りか、終盤で敵玉にとどめを刺す際に使われる。だがAIはこの仰天の金打ちを最善と判断していた。これに対して藤井が指した手が疑問の可能性が高く、羽生が優位に立った。

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