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藤井聡太に王将戦で2勝、タイトル100期にリーチ…復活の永世七冠・羽生善治がそれでも激務の将棋連盟会長となった理由
posted2023/10/15 06:00
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by
Keiji Ishikawa
よみがえった羽生善治
往年の力がよみがえった。
王将戦七番勝負出場、王位戦挑戦者決定戦進出、王座戦挑戦者決定トーナメントベスト4。
羽生善治は2023年頭に約2年ぶりにタイトル戦の舞台を踏み、その後も各棋戦で上位に進出したのである。
タイトル獲得通算99期。永世七冠を達成して国民栄誉賞も受賞した将棋界のスーパースターからすれば当然のことのように思われるかもしれないが、近年の羽生は不振にあえいでいた。
2021年度の成績は14勝24敗に終わり、プロ36年目で初の年度負け越しを喫した。そして順位戦A級から陥落。羽生の年度勝率3割台は、衝撃を持って迎えられた。いくら羽生とて50代に突入すると衰えを隠せなくなるのか。周囲は理由をあれこれ推測してかまびすしかったが、間違いないのは将棋AIの興隆に対応できなくなっていたことである。
羽生とAI、棋譜から見て取れた「迷い」
羽生の最大の長所は、柔軟な大局観だ。誰もが経験したことがない未知の局面でも先入観に捉われずにフラットな視線で眺め、正着を導き出すことができる。「異端の感覚」などと言われることもあったが、羽生からすれば自然な手を指しているだけだった。
ところがAIの登場がすべてを変えたのだ。現代は皆がAIを使って研究しており、多くの戦型で先の局面までレールが敷かれているので、どうしても既視感のある形が多くなる。そうなると羽生の得意な茫漠とした局面が現れにくくなるのだ。
また誰よりも対局して誰よりも勝ってきた羽生にとっては経験値も大きな財産だが、それが通用しにくくなってきた。昔はミスを調べるためには、終局後の感想戦で対局者同士で意見をかわすことが主な方法だった。ただ必ず正解が出るとは限らない。ところがAIに一局を解析させると、人間には浮かびにくい代案を次々に示すのだ。効率が段違いによくなり、評価値が経験値に取って代わるようになったのである。
羽生もAIを取り入れていたが、誰よりも強大な成功体験がある。AIとどう折り合いをつければいいのか。棋譜から迷いが見て取れることが増え、成績も徐々に下降していった。