- #1
- #2
Number ExBACK NUMBER
藤井聡太に王将戦で2勝、タイトル100期にリーチ…復活の永世七冠・羽生善治がそれでも激務の将棋連盟会長となった理由
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byKeiji Ishikawa
posted2023/10/15 06:00
藤井聡太の名人就位式に日本将棋連盟会長として出席した羽生善治。藤井との対戦で復活を印象付けた天才棋士はなぜ会長職を引き受けたのか
羽生は2日目に入っても好調な指し回しを続け、藤井が頭を下げる結果となった。異筋の金は、羽生の大局観が藤井を超えた瞬間だった。さらに羽生は第4局で藤井に圧勝して2勝2敗のタイに持ち込んだ。第5、6局は藤井が底力を見せて防衛を果たしたが、羽生の復活をアピールするには十分すぎるハイレベルな内容だった。藤井も防衛直後の記者会見で、羽生の強さに驚嘆していた。「本シリーズを振り返ると、羽生九段のほうによい手をたくさん指されたなと感じています。羽生九段の強さを感じることが大いにあったと思っています」と話した。お世辞ではなく、率直な感想だろう。
突然の出馬表明
ファンが次のタイトル戦登場を待ちわびる中、羽生はとんでもない一手を放ってきた。日本将棋連盟の理事選に出馬を表明したのだ。羽生は当然のように当選し、会長に就任した。以前にも理事選出馬を打診されたことはあったが、断っていたという。
「このタイミングで出てみようと決意をした」と就任の記者会見で語った。2024年、日本将棋連盟は創立100周年を迎える。
対局に影響が出ることはわかっているはずなのに…
現在の会長職は、例えば15年前と比べると明らかに激務だ。国民的人気を誇る藤井聡太の登場で将棋は広く認知され、世間との接点が激増した。対局と会長職の両立は至難のはずで、羽生は深夜まで将棋を指した翌日、朝から将棋会館で客人を笑顔で迎えている。会長職について羽生に尋ねると、「将棋界を支えてくださる多くの方々に直接お会いできる機会が増えたことにやりがいを感じています」という返事があった。
対局に影響が出ることは羽生が誰よりもよくわかっている。それでも、将棋と将棋界のためにこの身を捧げると決断したのだ。強い棋士はそれまでにもたくさん存在したが、知性の象徴にまで昇華したのは羽生一人だけである。その男が会長になれば世間への大きなアピールとなり、効果は計り知れない。
本人は決して口にしない社会貢献活動
そもそも羽生は以前から対局だけに集中していたわけではなかった。将棋を広めるため、自分が世の中の役に立つためなら過密スケジュールの合間を縫って何でもやった。手弁当で全国の被災地や学校を訪れ、被災者や子どもたちと触れ合うこともよくあった。決して偉ぶることなく、誰とでも同じ目線で接する羽生との交流は、一生の宝になっただろう。自著が出版されれば、全国の図書館に自筆の手紙を添えて寄贈した。本人は決して口にしないが、長年、羽生がボランティアや寄付を続けてきたことが最近、少しずつ知られてきている。それで、あれだけの実績を残してきたのだ。
将棋は自分が勝てばいいゲームだが、羽生は決して内側に閉じこもらない。その透明な視線は常に外に向かっている。温かい心持ちとともに。
<「広瀬章人」編に続く>
羽生善治(Yoshiharu Habu)
1970年9月27日、埼玉県生まれ。1982年に(故)二上達也九段門下として奨励会入り。1985年に四段昇段し、3人目の「中学生棋士」に。1988年度、第38回NHK杯で現役の名人経験者4人を連破して話題を集める。1996年、王将位を獲得し、将棋界初の七冠全制覇を果たす。2008年、名人位を通算5期獲得し、十九世名人に。2017年、15期ぶりに竜王に復位し、「永世七冠」を達成した。タイトル通算獲得99期、棋戦優勝は45回でいずれも歴代1位。2018年には将棋界初の国民栄誉賞を受賞。将棋界の誇るスーパースターだ。趣味はチェス。