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「昔の羽生(善治)さんが戻ってきた」“藤井聡太との王将戦名局”番組Dが語る制作ウラ話「WBCあったので、野球のたとえでいいですか?」
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byNHK
posted2023/06/01 11:02
王将戦で藤井聡太王将と名勝負を繰り広げた羽生善治九段
「終局した時点から感想戦前の取材時点では、まだ何が敗因だったか分からなかったのでは、と思います。でもいざ感想戦が始まってみると、自分の中で何かを掴んだのか、だんだんと笑顔になってきたんですね、羽生さんが。単純に藤井さんと感想戦をするのが楽しかったのもあるのでしょうが、充実感を漂わせていたんです。ちなみに藤井さんも対局に負けたら悔しさがすごいにじみ出るんですけど、その感情は終局直後で終わり、すぐに朗らかな表情を浮かべています。それは似てるかもしれないですね。
話を羽生さんに戻すと……感想戦の姿を見て、もしかしたら、2局目から何かが変わるのかもしれない、という雰囲気はその時点で感じましたね」
昔の羽生さんに戻ったように感じたんです
実際、第2局で流れは変わった。羽生は「2一飛」「8二金」など盤面を幅広く、そして勇敢に攻め続ける。最後は藤井の連続王手に対して、一手でも間違えれば大逆転負けとなる綱渡りとなる中で、最善手を選び続ける。そして羽生が101手目に「4八香」とした瞬間、藤井は肩を落とした。緊迫感あふれる一局を制して、1勝1敗のタイに戻した。
「第2局ですが、もし『4八香』ではなく別の手を指して逆転されていたら『8二金』という妙手をみんなが忘れてしまう可能性があった。将棋は本当に残酷だなと思うとともに……そこまで追い上げる藤井さんの実力があってその局面にまで行ったわけですし、やっぱりスター同士だけある、共鳴し合った名局が生まれたなと感じました」
このように田嶋は第2局を回想する。その後、第3局は正確無比な指し回しを見せた藤井が、第4局は藤井相手に猛攻を仕掛けた羽生が、それぞれ勝利をものにした。対局するごとに熱を帯びていった盤勝負について「すごくワクワク感があった」のだという。
「自分がその昔、羽生さんを初めて見て憧れたのは――強いのはもちろんなのですが――色々な戦法を使って戦われていたことです。『自由に将棋を楽しみながら勝つ人がいるのだな』というところに惹かれたのだと思います。一方でタイトルを重ねるにつれて、対局相手の得意戦法や当時の流行戦法など、戦い方に偏りが出てきた部分があったんです。だけど今回の王将戦では、何か……とにかく興味を持ったことをやってみよう、という昔の羽生さんに戻ったように感じたんです」
「人間の可能性を捨ててはいけない」という気概
藤井とのタイトル戦が、若き日に見ていた羽生の棋士像をも思い起こしたのである。田嶋は続ける。