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「昔の羽生(善治)さんが戻ってきた」“藤井聡太との王将戦名局”番組Dが語る制作ウラ話「WBCあったので、野球のたとえでいいですか?」
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byNHK
posted2023/06/01 11:02
王将戦で藤井聡太王将と名勝負を繰り広げた羽生善治九段
それとともに2人は、2018年と2023年の羽生の言葉から、立ち位置の違いを感じることがあったという。それはひとえに、藤井聡太という存在である。
「2018年頃は、羽生さんの一手を打ち返せない人がほとんどでした。だから“難しいコースに来るのを打ち返すのが楽しい”と表現した。それは結局、羽生さんが“打ち返せる”という自信があるからこそだったと思うんです。ただ今回の王将戦は、そこから5年の時を経ている。自分自身が挑戦者、しかも藤井さんが絶対王者になった時に、彼がどのような答えをするかが楽しみだったんです」(小堺)
そこで返ってきたのは、また別競技の話だった。
〈WBCがあったので、野球のたとえでいいですか?〉
羽生は“超強力なバッターに対して、ピッチャーとしてどう挑むべきか”という観点で語っていた。それはまるで七色の変化球を持つ技巧派が、すべての球種を駆使して大谷翔平に挑むかのような思考で……。
「羽生さんといえどもこの負け方を…」藤井将棋の凄み
あらためて、第72期王将戦の各局戦型を記す。
第1局:一手損角換わり
第2局:相掛かり
第3局:雁木
第4局:角換わり腰掛け銀
第5局:横歩取り
第6局:角換わり早繰り銀
現代の盤勝負では最先端の戦型とされる「角換わり」を筆頭に、ある戦型を中心に進んでいくことが多い。その中で羽生が各局違う戦型を用いたのは、稀代のオールラウンダーらしさを感じさせる。番組のインタビューでもこのように話している。
〈いろいろデータベースで調べていくと、作戦別にどのぐらいの勝率があるかというのも全部出るんですね。それを見ると(藤井王将が)だいたい全部強いんですよ。(中略)データはあくまで過去のもの。過去になかったものの中で何か新しいものを見つけていく作業になるわけですね〉
その新しいものを見つけていく作業の中で、羽生と藤井は王将戦で興味深い戦いを繰り広げていく。一手損角換わりで進んだ第1局、元奨励会員である田嶋は――控室で羽生の準備を凌駕する藤井の凄みを感じ取っていた。
「なんでこんな、いつの間に形勢が傾いたんだろう? そういった感じでした。藤井王将の将棋はそういった展開が多いです。ずっといい勝負だと思って見ていると、気がつけば相手が敗勢になっている。羽生さんといえどもこの負け方をしてしまうのか、と」
2局目から何かが変わるのかもしれない、と
藤井が難なく防衛ロードを歩むのか。しかし田嶋は敗戦直後の羽生から、ある変化を感じていたのだという。