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「ジュニーニョと喧嘩して、罰金を喰らったことも…」今季で引退、鄭大世38歳が語る“エゴイスト”のサッカー人生「本当の自分は弱い人間でした」
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byYuki Suenaga
posted2022/11/08 11:01
今シーズンでの引退を発表した鄭大世(FC町田ゼルビア)。自身を“エゴイスト”と表現する38歳に川崎フロンターレ、ドイツ、韓国、そしてまた日本と渡り歩いたサッカー人生を振り返ってもらった。(全3回のうち、第2回)
鄭大世 すぐ頭に浮かぶのは、ドイツの当時2部だったボーフム時代(2010年7月―2012年1月)。1部と2部の入れ替え戦(プレーオフ)の第1戦で後半から途中出場したのですが、アディショナルタイムに失点して負けたんです。試合後、ロッカールームに戻ると、チーム全員がいる前でキャプテンから「お前はチームのためにプレーしろ」と言われて。かなり落ち込みました。ドイツでも川崎フロンターレ時代と同じようにエゴイストなプレーを貫き、リーグ戦では10ゴールを挙げるなど活躍していたのですが、僕のスタイルは批判の対象になっていたんです。監督会見で個人批判されることもありましたから。
スウェーデン代表のズラタン・イブラヒモビッチ(現ACミラン)のように生粋のエゴイストであれば、欲望のまま生きていけるのでしょうが、僕はそうじゃない。キャプテンから直接叱責されたあとは、へこみ過ぎて、翌週始めの練習でも元気がないままでした。繊細なんですよ。おまけに気が小さいから人には当たれなくて、物に当たってしまう。翌週の第2戦はメンバーから外されて感情的になり、そのままロッカーの荷物を整理して、家に帰りました。「こんなチーム、もう移籍してやる」って。実際、冬の移籍市場で阿部勇樹さんが所属していたイングランドのレスター・シティからオファーが届いて、ボーフムを出るつもりでしたが、結果的にこの移籍は実現しませんでした。しばらくして和解し、練習に戻ることになりました。
監督が気分屋の僕をうまく乗せてくれていた
――それでも、キャリアを通して結果を残し続けてきました。精神的に落ち込んだあと、どのようにモチベーションを上げていたのですか。
鄭大世 ネガティブな感情を力に変えていました。落ち込む日が続くと、次第に悔しさが出てくるんです。すると、怒りがぶわっと湧いてきて、体がすごく動くようになります。この反動をパフォーマンスにつなげてきました。われながら、ものすごいパワーを発揮することがあるんですよ。劇薬でしたね。
――エゴイストの性格は、ストライカーとしてプラスに働きましたか。
鄭大世 僕のキャラクターを生かしてくれる監督の下では、多くのゴールを奪えたと思います。フロンターレの関塚隆監督と高畠勉監督、水原三星の徐正源監督、清水エスパルスの小林伸二監督などはそうでした。気分屋の僕をうまく乗せてくれました。ただ、相性が悪い監督の下では、ドツボにはまって苦しみましたね。エゴイストで損したことを挙げると、切りがないですよ。