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伊良部秀輝のストレートはなぜ記憶に残るのか? 清原和博との“平成の名勝負”で「158」の豪速球を受けた捕手と牛島和彦の回想 

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byTakao Yamada

posted2022/05/03 06:02

伊良部秀輝のストレートはなぜ記憶に残るのか? 清原和博との“平成の名勝負”で「158」の豪速球を受けた捕手と牛島和彦の回想<Number Web> photograph by Takao Yamada

「平成の名勝負」として今も語り継がれるロッテ・伊良部vs西武・清原の対戦。キャッチャーを務めていた青柳進がその“衝撃”を語った

 伊良部はその日も誰よりも速い球を投げたが、その割には多くのヒットを浴びた。

 四国から千葉へ戻った後、牛島は伊良部を自宅のマンションに呼んだ。

「牛さんの135kmに清原さんは空振りするのに、なんで僕の158kmは打たれるんですか?」

 巨漢投手はストレートに訊いてきた。それが門を叩いた理由なのだ。伊良部だけではない。小宮山悟ら当時のロッテ投手陣は困ると牛島のもとへ駆け込んだ。それはおそらく、そのピッチングに魔法があるように見えたからかもしれない。決して豪速球と呼べるボールを持っているわけではなかったが、牛島の140kmそこそこの球にバッターは振り遅れ、空振りした。

「どれだけ速い球を投げても、ボールの出どころが見やすければ打者はタイミングを合わせやすいんや」

 牛島は伊良部の問いに答えた。

 投手はスピードガンと戦っているわけではない。打者と間合いの勝負をしている。牛島はまだプロに入ったばかりの頃、偶然にもその真理に気づいた。

 キャンプで実戦形式の練習に投げた時だった。ストレートを投げようと左足を踏み出すと、スパイクの歯が地面にひっかかってバランスを崩してしまった。そのまま投げることは投げたが、ボールにはまったく力が伝わらなかった。ところが、その遅いワンバウンドの球に、名球会入りを果たしたほどのバッターが空振りしたのだ。

 牛島の頭に閃くものがあった。

「これ、意図的に投げたら使えますか?」

 そのベテラン打者は頷いた。

「ああ、使えるよ」

 結果を決めるのは速いか遅いかの絶対値ではなく、投手と打者の相関関係なのだと悟った。つまり自分を知り、相手を知り、その間にあるものを深く考えなければならない。人生にも似たその理を、伊良部に伝える日々が始まった。

夜深くまで投球について語り合った2人

 伊良部は、自らのピッチングを録画したビデオテープを持ってきた。牛島はその生真面目な男にまず夕食を振る舞い、酒を交わし、それから窓のカーテンを開けた。

 伊良部が窓ガラスに自分を映しながらシャドーピッチングするのを、牛島は正対した位置からじっと見つめた。

「最後までボールの出どころを見せないために、俺は左手のグラブに自分の体重を預けていくような感覚で投げてるで」

「僕はその感覚はわからないです」

「お前は、どんな感覚なん?」

「僕は、伸ばした左手で柱をつかんで、その柱に体をくっつけていくイメージです」

「ええんちゃう。感覚は人それぞれやから」

 グラスを傍に、ふたつの影は日付が変わっても向かい合っていた。夜が深まっても、伊良部はひたすら投球について語った。

「僕が顔の近くに投げるとバッターが睨みつけてくるのに、牛さんが同じところに投げても睨まれないのはなぜですか?」

 そう言って、にやりと笑う。色白の頬に赤みがさし、酔いにまかせて放つ冗談でさえ、ピッチングにまつわるものだった。

「そりゃあお前、スピードの違いやろ。威圧感の違いや――」

 やがて東の空が白みはじめてくる。肩肘の痛みから再び二軍にいた牛島は朝の早い生活だったが、伊良部との間に流れる純粋な熱が、寝不足の倦怠感を忘れさせた。

(つづく)

#2に続く
トラブルメーカーがロッテに決別宣言…「なんで、あいつの一面ばかりが切り取られてしまうのか」仲間たちが知る伊良部秀輝の素顔とは?

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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