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伊良部秀輝のストレートはなぜ記憶に残るのか? 清原和博との“平成の名勝負”で「158」の豪速球を受けた捕手と牛島和彦の回想
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTakao Yamada
posted2022/05/03 06:02
「平成の名勝負」として今も語り継がれるロッテ・伊良部vs西武・清原の対戦。キャッチャーを務めていた青柳進がその“衝撃”を語った
伊良部が牛島のところへやってきたのは、それから3カ月後のことだった。
8月4日、日本ハム戦。香川の高松県営野球場は陽が落ちても盛夏の火照りが残っていた。牛島は先発ピッチャーだった。5月中旬に一軍へ戻ってきたベテランは勝ったり負けたりを繰り返しながら、なんとかローテーションを守っていたが、この夜は5回に連打を浴びたところでベンチからタオルが投入された。
KOされた牛島が地方球場の硬いベンチにどさりと腰を下ろすと、目の前に巨体が立っていた。2番手でマウンドに上がることになった伊良部だった。
「あの、これから投げるんですけど、僕のピッチングのどこが悪いのか、見ておいてもらえませんか?」
牛島は内心で苦笑した。
《ノックアウトされたばかりのピッチャーに、見ておいてくれはないだろう……》
だが、伊良部の必死さは伝わってきた。
星野仙一に殴られる覚悟で訊いたこと
牛島にも覚えがあった。
あれはまだ大阪の浪商高校を出て、中日ドラゴンズに入ったばかりの頃だった。チームの看板だった星野仙一が3ランホームランを打たれて、KOされたことがあった。当時は最年少の選手が、タオルやドリンクなど先発投手の身の回りの世話をするのが慣習だった。だから、まだ二十歳にならない牛島は、顔をこわばらせてベンチに戻ってきた星野の隣に座っていた。
牛島には打たれた球が悪いボールには見えなかった。だから、しばらく逡巡したのち、一発殴られるのを覚悟で訊いてみた。
「なんで打たれたんですか?」
たとえその場で怒鳴られたとしても、気持ちが落ち着いたあとにでも教えてもらえればいいと考えていたのだが、ベテランの星野はひと回り以上も歳のはなれた若者の不躾な問いにその場で答えてくれた。
「今の状況、今のカウントでは少しでも甘くなったら打たれる。間違ってはいけない状況というのがあるんや――」
当時は星野の穏やかさが不思議だったが、今ならわかる。
選手は自らの晩年を悟る。牛島は故障だらけの身体に限界を感じていた。そんな時に門を叩く若者がいれば、培ってきた飯の種を明かしてやろうという気になるものだ。
事実、伊良部はドラフト1位で入団して6年目になるのに、まだ先発の座すら確保できていなかった。このシーズンも中継ぎとして投げてはいたが、夏場まで1勝5敗……このままならトレード要員にされてもおかしくないと牛島は見ていた。
だから自分のところへやってきた伊良部の申し出に「ああ、ええよ」と答えた。