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トラブルメーカーがロッテに決別宣言…「なんで、あいつの一面ばかりが切り取られてしまうのか」仲間たちが知る伊良部秀輝の素顔とは?
posted2022/05/03 06:03
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Koji Asakura
力だけでは勝てない。激情だけでは前に進めない。伊良部はそのことを理解し、大人の投手になっていった。シーズン後半から先発ローテーションに入ると7連勝を飾った。その年限りでユニホームを脱いだ牛島と入れ替わるように、一流投手への階段を上がっていった。
1996年8月16日、千葉マリンスタジアムは不穏な空気につつまれていた。西武を相手に5点をリードして迎えた8回、先発の伊良部はこの試合2点目を失ったところで降板を告げられると、明らかに不満そうな顔をした。納得のいかない胸の内を体全体で表現しながらマウンドを降りると、まず帽子を脱いでスタンドに投げ入れた。続いて自らの商売道具であるグラブもフェンスの向こう側へと放ってしまった。
その行動は米大リーグ移籍を望むエースの決別宣言と受け止められ、リーグ最多勝、最優秀防御率という実績の裏にあるトラブルメーカーのイメージを決定的にした。
伊良部と同じ27歳の外野手・大村巌は荒れるエースと彼に注がれる世の視線を見つめながら、やるせない気持ちになった。
《なんで、あいつの一面ばかりが切り取られて伝わってしまうんだろう》
大村の知る伊良部は、世間の抱くイメージとはまるで違っていた。
初めて言葉を交わしたのは1988年、入団したばかりの冬だった。東京・錦糸町、ロッテ会館での新人選手の健康診断、大村がシャツの袖を捲って採血の列に並んでいると、後ろから声を掛けられた。
「あん時、お前に打たれたよな?」
伊良部だった。甲子園を沸かせたドラフト1位のことはむろん知っていたが、相手が6位の自分を記憶していたことに驚いた。
「覚えてんの?」