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伊良部秀輝のストレートはなぜ記憶に残るのか? 清原和博との“平成の名勝負”で「158」の豪速球を受けた捕手と牛島和彦の回想
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTakao Yamada
posted2022/05/03 06:02
「平成の名勝負」として今も語り継がれるロッテ・伊良部vs西武・清原の対戦。キャッチャーを務めていた青柳進がその“衝撃”を語った
伊良部が首を振れば、次の球はストレートだ――おそらくは相手にもそう気づかれているはずなのに、相手の裏をかこうとはせず、力まかせに直球を投げ込んでくる。それが伊良部というピッチャーだった。
《たとえわかっていても、きょうのストレートなら打たれない》
青柳は確信のもとに同じサインを出し続けた。そして7球目、「157」と表示されたボールは、ミットを構えた内角高めではなく、外角低めに伸びた。清原のバットはそれを捉えた。右中間を真っ二つに割っていく白球を、青柳は呆然と見送った。
《ああ……打ちよった……》
バッテリーの敗北には違いないのだが、不思議と心には一点の後悔もなく、青柳の胸には微かな陶酔が残っていた。
ベテラン牛島が感じていた歯痒さ
《もったいないなあ……》
西武球場が日本最速のボールに沸いた日、牛島和彦は内心でそう呟きながらテレビ画面を見つめていた。
リーグ最多セーブを3度手中にした32歳のベテラン右腕はこのシーズン、開幕から二軍暮らしだった。首に痛みがあったためだ。プロの世界で14年も投げ続けてきた牛島の決して大きくない身体は、至るところで悲鳴をあげていた。だからこそ、193cm、108kgという巨体に恵まれ、150kmを優に超えるスピードボールを持ちながら、いまだ先発ローテーションにも入れない伊良部という投手を見ていると、なぜ、その当たりくじを換金しないのかと歯痒い思いに駆られるのだった。
そうかといって、手を差し伸べることはない。それがこの世界の暗黙のルールだ。
《ショックは大きいだろうな……》
牛島は、誰よりも速い球をはじき返され、マウンドで何かを考え込んでいる24歳の投手を、画面越しにじっと見つめていた。