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佐藤天彦と中村太地の未公開縁側トーク 藤井聡太の逆転は本当に“逆転”か?
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKazufumi Shimoyashiki
posted2020/09/12 11:50
学年は1つ違いながら、ともに88年生まれの佐藤(1月生まれ)と中村(6月生まれ)。四段昇進も佐藤が06年度前期、中村が05年度後期と、プロの世界を互いに切磋琢磨して歩んできた。
目に見えない対局者心理も重要
中村 あの将棋を自分が持っていたとして、あの局面から負けたら逆転負けしたことは分かるんですけど、どこで何をしていればよかったかは対局直後に考えても正解が分からないと思います。
先手を持って、しっかり藤井さんを追い詰めて勝てる人が果たして何人いるだろうと言われたら、トップ棋士でもそんなに多くないんじゃないかという気がしています。
佐藤 AIが出す点数というのは非常にわかりやすくていい面もあると思うんですけど、人間同士の勝負なので感情が入ってくるし、目に見えない対局者心理も重要なんですよね。
中村 第3局も「大逆転」と言ってしまうのは酷だなあと思いました(笑)。
2人の世界ができ上がっていく
佐藤 対局では1日、2日かけてその将棋を考えながら、2人の世界ができ上がっていくんです。そこには対局者同士の中にしか存在しない価値観がある。
例えば、ある対局でお互いに「9割くらい、これは詰まない」という認識を抱いていたとしましょう。ところが、AIがある一瞬だけは詰む可能性があったと数値で示したとする。それによって「あそこでこうしていれば勝てたじゃないか」と終わった後で批判はできるんですけど、それは2人の世界の理の外にある選択なんです。
中村 見えないことが致し方ない一面もあると。
佐藤 2人が築き上げた世界において、価値観を転覆しろと言われているようなものです。
私たちの中にも、生きていく中で核になっている価値観がありますよね。例えば堅実に生活してコツコツお金を貯めている人に、人生の一瞬だけを切り取って、今だけがチャンスだから貯金全額を株に投資しろと突然言ってもそれは難しい。
だけど、人からは「あのときそうやっていれば一生分稼げたとデータが示していますよ」と言われる。でも実際はそんなにいきなり価値観を切り換えるのは無理ですよね(笑)。
中村 そう思います(笑)。