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桐生祥秀が信頼する「ピンなし」が
短距離界に起こす0.048秒の革命。
posted2020/08/29 18:00
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph by
Asami Enomoto
「厚底」の次に来るのは、「ピンなし」だろうか。
普段はあまり目にする機会のない、シューズの足底。厚底シューズが席巻する長距離走とは異なり、短距離走のスプリントシューズは今、足底の形状にこそ注目が集まっている。
そのきっかけとなったのが、桐生祥秀の履くアシックス製のスパイクだった。
従来のスパイクは地面との接地部分に金属製のピンがあるのが常識だったが、アシックスはそれを不要と判断。ピンをすべて取り除き、六角形の小さな突起物をハニカム状に配置することでその代用とした。
いわゆる“ピンなしスパイク”を履いてから、桐生の成績は高い次元で安定している。2018年度は一度も出なかった10秒0台が、19年度になってこのシューズを本格的に採用してからは3度も記録。昨年ドーハで開催された世界陸上でもこのシューズを履いて、大舞台での使用感に手応えを深めた。
今季も初戦の北麓スプリントを10秒04の好タイムで滑り出すと、先日のセイコーゴールデングランプリ陸上も10秒14で優勝。予選で自身20度目(日本人最多)の10秒0台を出すなど、レース内容において国内のライバルを相手に頭一つ抜きんでた印象がある。
ピンのかたちや長さに違和感が。
もちろん好成績の要因は他にもあるが、桐生自身が「このスパイクの感触が今すごく良い」と話すように、足元の信頼感が成績向上の一助となっているのは間違いないだろう。
このピンなしスパイク、メタスプリントはどのような過程を経て誕生したのか。そのプロセスが興味深い。
そもそもの始まりは2015年。アシックスのシューズ開発担当者が、陸上選手からのヒアリングでこのような意見を耳にしたことだった。
「スパイクピンが突き上げる感じがする」
「ピンが地面に刺さって抜けにくい感覚がある」
少なからぬ選手がスパイクピンの形や長さに違和感を持っていることがわかった。その違和感は必ずしもネガティブなものではないにしても、そこにタイムのロスがあるのではないか。もしそれを取り除くことができれば、パフォーマンスの向上につながるかもしれない――。
開発のコンセプトがひらめいた瞬間のことを、設計に深く携わったアシックスの高島慎吾さんはよく憶えていた。