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「頼むから、セ・リーグに行ってくれ」 清原和博と秋山幸二が明かす、野茂英雄との真剣勝負の舞台裏
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byMasato Daito
posted2021/05/03 06:02
清原和博と秋山幸二、2人の主砲に大きな衝撃を与えた野茂英雄
なんとか直球勝負の土俵に引きずり込みたかった
野茂の球種はストレートとフォークの2つだけだったが、その見分けがつかないのだ。当時、フォークボールを投げるピッチャーは他にもいたが、必ずボールに横回転がかかっていた。コンマ数秒の中、秋山はそれを目印に球種を見分けることができた。
ただ野茂は、見たこともない高いリリースポイントから純粋な縦回転のボールを投げ下ろしてきた。ストレートもフォークも同じ軌道、同じ回転のため判別できなかった。
《真っすぐとフォークしかないのに……その2分の1がやたらと打ちにくい》
ストレートに絶対的な自信があった秋山は、なんとか直球勝負の土俵に引きずり込みたかった。だからあえて、野茂のプライドを刺激するコメントを放ったのだ。
《どうすれば、あのフォークを見極められるだろうか……》
試合は西武が5-2で勝ち、王者がルーキーに洗礼を浴びせた形となったが、秋山の胸には、これから続く野茂との戦いへ強い危機感があった。
とにかく、野茂からホームランが打ちたい…
野茂は4月末に日本タイ記録となる17奪三振で初勝利を手にすると、前半戦だけで10勝を挙げた。近鉄の指揮官、仰木は新人ながらエース格になった野茂を西武にぶつけてきた。前年、近鉄にリーグ5連覇を阻まれた王者としては、それを受けて立ち、叩いておく必要があった。
だから野茂が投げる試合の前、西武のミーティングはとりわけ長かった。洞察力に長けたコーチ、伊原春樹が選手たちを前にして野茂のクセを解析するのだ。『野茂が体を捻ってグラブを高く掲げたとき、背中の横から右の手首が見える。その手首の角度によってストレートか、フォークか判別できるはずだ』
オールスター前まで15打数2安打、7三振、打率.133と抑え込まれていた秋山にとっては悩みを解消するヒントであった。ただ、なぜか取り入れようという気にはならなかった。清原も同じ気持ちだったのだろう。西武の4番バッターは、そのミーティング中、居眠りをしていた。
《打席に立ってそこを見ていたら、ヒットは打てるかもしれないが、おそらくホームランは打てないだろう。俺はとにかく、野茂からホームランが打ちたい……》
秋山はいつしかそう考えるようになっていた。野茂との対決はストレートかフォークか、ホームランか三振か、いつも2分の1の勝負だった。そこにゾクゾクする感覚があった。ホームランを打つためなら、空振りも三振も気にならない。50%という確率が、秋山を驚くほど大胆にさせてくれたのだ。そこまで割り切れる投手というのは他にはいなかった。対戦を重ねるにつれて、秋山は《野茂との勝負は2分の1のままでいい》と思うようになっていた。