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エース小林樹斗の登板はなぜ6回?
智弁和歌山・中谷仁監督の育成哲学。
posted2020/08/17 18:00
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph by
Naoya Sanuki
智弁和歌山が完敗を喫した。
尽誠学園に13安打の猛攻を浴びて8失点の大敗。強打のお株を奪われての敗戦を意外に思ったファンも多いだろう。
しかし大敗以上に意外だったのは、ドラフト候補でもある智弁和歌山のエース・小林樹斗が6回までマウンドに上がらなかったことだ。エースは先発するという考えが一般的な高校野球界で、試合の大勢が決した6回からの起用に驚いた。
6回からのエース起用について、智弁和歌山の指揮官・中谷仁監督はこう話す。
「試合前のビジョンとほぼ同じ継投でした。もちろん、点差があって攻撃に転じなければいけなくて、投手に代打を出したので早くなったところはありますが。
思い描いていた通りの会心の継投ではないですけど、4人の投手を絶対に投げさせると決めていました。競った試合展開だったら少しは違っていたかもしれませんけど、想定していた通りの継投です」
中谷監督は、試合前のプランを曲げない。
就任して3年目になる中谷監督は、複数投手の起用を基本としている。昨夏も当時2年生だった小林や、この日登板したサウスポーエースの矢田真那斗をマウンドに上げている。
それ自体は高校野球の昨今の流れでもあり、特別な采配というわけではない。高嶋仁前監督も、複数投手で大会を戦ったことが何回もある。
ただ元プロの指揮官でもある中谷の特筆すべき点は、試合前に自分で決めたビジョンを曲げないところだ。中谷監督の先の言葉は、しっかりとした指導理念があることを窺わせる。
プレーボールがかかれば何としてでも勝利を目指さなければならないというのが、これまでの高校野球の精神であり、ファンも勝利を期待している。だから、監督は目の前の試合を勝利するために、ビジョンを設定してそれぞれに遂行していく。
しかし全てが試合前の計算通りいくことはほとんどなく、その想定外の事態に対して起用を変化させていく。例えば、「エースの疲労を軽減するため」に登板を回避したケースでも、試合展開によってエースをマウンドにあげる選択を多くの監督たちがしてきた。
しかし、中谷監督はそれをしない。それこそが、彼の理念に他ならない。