オリンピック4位という人生BACK NUMBER

<オリンピック4位という人生(15)>
ロンドン五輪 柔道・福見友子 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph byAFLO

posted2020/08/16 11:30

<オリンピック4位という人生(15)>ロンドン五輪 柔道・福見友子<Number Web> photograph by AFLO

女子48kg級準決勝で敗れ、しばし宙を見つめる福見友子(上)。

大外刈りを返され、体が宙に浮いた。

《勝負技としてあまり使う技ではないんですが、なぜか反応したというか……。やはり、焦りがあったんだろうと思います》

 次の瞬間、技を返された福見の体が宙に浮いていた。背中に畳の感触があり、天井照明が視界を横切った。

 挑戦者の技あり。会場がどよめき、いつも通りの景色はどこにもなくなった。

 一本を奪って勝つしかなくなった福見にとって、それからの3分半はおそらく人生で最も短いものだった。

 終了のブザーが鳴った瞬間、福見は放心したように天井を見た。頭は真っ白だった。その意識の外で、ドミトルが「アーッ!」と何度も常ならざる叫びをあげていた。

3位決定戦も視線は宙を睨んでいた。

 それからわずか1時間後、福見は再び入場口に立っていた。3位決定戦のためだ。

《準決勝で負けたあと、自分に言い聞かせて切り替えたつもりでした。でも、それができたかと言えば、あの時の私は勝ちたいだけ。相手がどうくるか、自分がどう戦うかということは頭にありませんでした》

 道着は純白から青藍へと変わっていたが、視線はやはり宙を睨んでいた。対戦するハンガリーのチェルノビツキ――過去3戦で負けたことのない相手――がどんな顔でこの戦いに臨んでいるのかは映っていなかった。

 勝負は延長に入った。そこから30秒が過ぎた頃だった。チェルノビツキの父でもあるコーチが再三の罵声によって審判から退場を命じられた。つまり彼女は独りで戦わなければならない状況に追い込まれた。

 ただ、福見はそのことを特段、意識することなくそれまで通りに向かっていった。そして、追いつめられた相手が必死に繰り出した小外刈りに、そろった足を払われた。

 気づいた時には天井を見ていた。その上で相手が両手を掲げていた。一本負け。福見のオリンピックは終わった。

《負けた瞬間はもう無ですね。何が起きたのかまったくわかっていない状況で、本当にもう……、真っ白だったと思います》

【次ページ】 「一生悔いが残る試合でした」

BACK 1 2 3 4 5 NEXT
福見友子
谷亮子

格闘技の前後の記事

ページトップ