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人生100歳時代のスポーツとは?
高橋秀実『一生勝負』の凄い人達。
posted2020/04/30 15:00
text by
藤森三奈(Number編集部)Mina Fujimori
photograph by
Nanae Suzuki
競技スポーツには、「マスターズ」と言われるカテゴリーがある。競技団体によって30歳~、35歳~など年齢基準は様々だが、いくつになっても、競技を続けることができる。来年には、4年に一度開催されている世界大会、「ワールドマスターズゲームズ」が日本(関西)にて、参加者5万人規模で予定されている。
ノンフィクション作家の高橋秀実さん(「ハシゴダカ」の高橋。以降「高」表記)は、ある取材をきっかけに、マスターズアリスートに興味を抱き、このたび、71歳から89歳までの24組に取材をし、『一生勝負 マスターズ・オブ・ライフ』を上梓した。高橋さんがご長寿アスリートから教えてもらったこととは――。
「なんで走るのですか?」「ひとりになれるから」
――取材のきっかけは数年前にさかのぼるんですよね。
「ある雑誌の取材で、佐賀で開催された全日本マスターズ陸上競技選手権大会に行ったんです。まっすぐ歩けないくらいの猛暑の日。私なんか見学しているだけでフラフラしていたんですが、そこに100m走に出場していた70代の女性がものすごい気迫でゴールしてきまして、思わず『なんで走るんですか?』と訊いてしまいました。すると彼女は、『ひとりになれるから』と答えたんです。
漠然と、マスターズって、同好の仲間が集まるんだろうと思っていたので、『走ることでひとりになる』というのは意外で驚きだったんです。彼女は専業主婦で、いつも家族がいる。たとえ留守でも家の中にいると、炊事、洗濯……と家族の気配がなかなか消えない、それを振り切るためには走るしかない。そこでようやくひとりになれると言うんです。
それまで私は、『走る』というのは目標に向かっていくものだと思っていました。ゴールに向かって、とか、愛する人に向かって走っていく。ところが逆に愛する人から逃げるんですね。まさに今、自宅で過ごしている人たちが、結構外を走っていますよね。あれも、家庭にいられなくて走っているんじゃないでしょうか。家族からの逃走。“逃げ足”というか、大抵の動物だって逃げるために走りますよね。走らなければ逃げられないわけで、走るっていうのは逃げることなんです。そう考えると100m走も違って見えてくる。『走る』ことの真意に触れたと言いましょうか……」
――それで、他の競技のマスターズアスリートにも取材してみたいということになり、『ナンバー』で連載が始まったんですね。
「そうです。『走る』ってことだけでもこれだけ革命的な気づきがあったので、他の競技にも何かあるんじゃないかと思いました。スポーツというと、どの競技も「努力」や「忍耐」、目標に向かって頑張るとか、練習を積み重ねるというような同一の価値観に覆われていますよね。そういったものを取り払った時に、それぞれの競技の本当の醍醐味が見えてくるんじゃないかと思ったんです」