One story of the fieldBACK NUMBER
野村克也の言葉を誰よりも聞いた男。
監督付広報が語る“ぼやき”の正体。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBungeishunju
posted2020/03/14 11:40
野村克也の“ぼやき”の裏には、プロ意識の高さがあった。
野村は酒を飲まない。
「非常に高い理想のもとで野球をされようとしていましたから。それを実現させるための人づくりをされていた。そのためのミーティングであり、『ノムラの考え』でした。
全員が監督の立場に立ってどうするかを考えられるチームづくりをされていたわけですから、すごく時間がかかるんですね。そんな簡単にはいかないわけで。ただ、それを求めていく。その葛藤がぼやきになったと思うんです」
野村は酒を飲まない。敗戦や弱さを酔いでうやむやにしてしまうことなく、ひたすらアメリカン・コーヒーとともに理想と現実の乖離、その苦味を噛み締める。
深夜の部屋で、月と太陽がそろそろ交代という刻まで続くそのぼやきは決して愚痴や慰めなどではなく、理想にたどり着くための理であり、たしかに明日への一足一足だったという。
だからこそ、嶌村は日々、24時間を野村に捧げた。
球団オーナーに2時間訴えた野村擁護。
野村が契約最終3年目を迎えた2001年シーズン途中、嶌村は球団オーナーの久万俊二郎から直々に呼び出された。
電鉄本社会長。普段ならば一社員が口を利くことすらかなわぬ相手である。
会長室に入ると、こう言われた。
『嶌村くん、君の立場で野村監督の擁護論を展開してみてくれ――』
次の瞬間、嶌村の口からは朝から晩まで聞き続けた理想の野球への思いがあふれでた。
タイガースはこのままいけば、必ず強くなります。今、ゼロから良い人材を育てているところなんです――。
気づけば、嶌村は雲の上の人に向かって2時間近くも訴え続けていた。
「野村監督が就任されてから2年目まではどの球団にも分が悪かったのが、3年目はいくつかの球団とは五分以上に戦えるようになっていた。確実に前進している手応えがあったんです。4年目があれば……、という思いはありましたよ」
球団はその後、野村の続投を発表したが、最終的にはグラウンド外の騒動もあって、野村阪神は3年で幕を閉じることになった。
結果として最下位から脱することはなかった。