One story of the fieldBACK NUMBER
野村克也の言葉を誰よりも聞いた男。
監督付広報が語る“ぼやき”の正体。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBungeishunju
posted2020/03/14 11:40
野村克也の“ぼやき”の裏には、プロ意識の高さがあった。
「1565勝、1563敗ですよ」
そして、その言葉とともに東北の新興球団は最下位から始まり、4位、5位と底を脱し、野村の最終4年目に球団史上初めて2位となってプレーオフ進出を果たした。
野村は東北の人たちを笑顔にし、自らは「人生に疲れた。クビと言われてどっと疲れが出た」とひとぼやきを忘れずに残して、監督人生に幕を下ろした。
ほとんど一心同体のつもりで、野村に7年間を捧げた嶌村には今も大切にしている数字があるという。
「1565勝、1563敗ですよ」
野村の監督としての通算成績である。
おそらく当人の理想とは遠かったかもしれない。ただ、名将が残した2つの勝ち越しは、どん底にいた球団や選手たちを預かり、現実に打ちのめされながらも理想を追いかけ続けた証であるように見える。幾万というぼやきの結晶であるようにも見えるのだ。
あの日の野村克也は消えない。
ぼやいて、ぼやいて、ぼやきながら、遥かな山を登り続けた。
そんな野球人が最後に見せた毒をまるで含まない「にこおっとした」笑顔。いかなる憂いからも解放されたような顔。
だから、嶌村の脳裏からいつまでもあの日の野村克也が消えないのだ。