One story of the fieldBACK NUMBER
野村克也の言葉を誰よりも聞いた男。
監督付広報が語る“ぼやき”の正体。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBungeishunju
posted2020/03/14 11:40
野村克也の“ぼやき”の裏には、プロ意識の高さがあった。
楽天の野村から直接の電話で誘われ……。
野村が去ったあと、嶌村はタイガースの球団編成部に異動し、野村が理想としたチームづくりをするための人材集めに奔走した。
一方、野村は社会人シダックスの監督を経て、数年後、東北の新球団・楽天イーグルスの監督としてプロ野球の世界に戻ってくることになった。2005年の秋のことであった。
その日、嶌村はドラフト指名候補選手の関係者と会談するため、鹿児島にいた。
夜、携帯電話が鳴る。野村からだった。
少なからず予感はあった。
監督就任の御祝、返礼というやり取りもそこそこに、電話口の指揮官は独特の言い回しで切り出した。
『お前みたいなのがおってくれたらええんやけどなあ』
嶌村はその場で即答した。
行かせていただきます――。
仙台にいく。妻には関西の自宅に戻ってから告げた。寛大なる伴侶は頷いてくれたものの、その横でまだ小学生の息子は泣いていた。
それでも嶌村は家族を残し、老舗人気球団の肩書きも脱ぎ去って、野村のもとに駆けつけた。
「覚悟に勝る決断なし。監督がよくおっしゃっていて、今も私が大切にしている言葉です。あの時はまさにそういう心境でした」
そして、嶌村はまた野村の言葉を聞き続けることになった。
野村「ああ……。どうも、すいません」
アメリカン・コーヒーとともに、珍しいキノコを煎じたお茶もぼやきのお供に加わったが、仙台の地でも朝から晩まで理想への葛藤が野村の口から発せられることに変わりはなかった。
あるとき、嶌村がこんなことを言ったという。
『監督、私は家族よりも監督と一緒にいる時間の方が長いようです』
すると野村はにやりと笑って返した。
『ああ……。どうも、すいません』
嶌村はそれが可笑しくてしかたなかった。
「一見すると怖そうだとか、ぼやいてばかりで不機嫌そうだとか、とっつきにくいとか、周りの人たちは思われるかもしれないですが、じつは一度入ってしまえば、ほとんど笑ってばかりの世界なんですよ」
甘言や美辞麗句とは対極なのに、人を和ませ、人を引き寄せ、人を生かす。野村はそういう不思議な言葉を用いた。