スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
サイン盗みの歴史とアストロズ。
手を替え品を替えた120年間。
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byGetty Images
posted2019/11/23 11:30
2017年のワールドシリーズ、アストロズの本拠地で行われた第3戦。ダルビッシュはその後、第7戦でも同じ1回2/3でノックアウトされ負け投手に。
笑うに笑えない逸話。
そういえば、1910年のポロ・グラウンズでも、笑うに笑えない逸話があった。
ジャイアンツがホームでレッズを迎え撃ったこの試合で、レッズの監督クラーク・グリフィスは、センター後方にそびえるアパートのバルコニーで、一枚の日よけが怪しげな動きを見せているのに神経をとがらせた。
グリフィスは、頭脳派の投手として通算237勝をあげ、監督としても、先発と救援の分業制を考案した知将だ。のちにセネタースのオーナーになり、1924年にワールドシリーズを制したときは、「史上最少の予算で王座に就いたオーナー」ともてはやされた。
彼はただちに使いを出し、アパートの住人を訪ねさせた。応対に出たのは、穏やかな顔つきの初老の婦人だった。「日よけが……」とレッズの職員が尋ねると、婦人は笑いながら答えた。
「実は病弱な夫が、どうしても球場で試合を見たがるんです。ネット裏に坐っているので、薬を飲み忘れないよう、日よけを動かして合図を送るんですよ」
職員は非礼を詫びて引き下がった。陰謀に加担するような人ではなかった、とグリフィスに報告した。それでもしばらくの間、グリフィスは、婦人と日よけの存在を疑いつづけていたそうだ。