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<エールの力2019 vol.1>
山本昌「忘れられない大歓声の記憶」
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byHideki Sugiyama
posted2019/08/29 11:00
サザンの気持ちがわかった?
42歳11カ月で達成した200勝も思い出深い。
最終回のマウンド、鳥肌が立つような大歓声を浴びながら、ふと思った。
「桑田さんは、いつもこれを味わっているのか……」
桑田さんというのは、同郷、茅ヶ崎のスーパースター、桑田佳祐さんのこと。
「サザンのコンサートはいつも超満員で、曲のイントロが流れるたびに大歓声が起こるでしょ? 200勝の最終回が、まさにそんな感じだったんだ。歌手の方々がライブはやみつきになるって言うけど、あのときわかった気がしたんだよね」
日本プロ野球史上最年長での200勝達成を、昌さんは完投で飾る。
「大歓声を浴びると緊張感や疲れが吹き飛んで、力が湧いてくるんだ。ファンのみんなには“40代で完投するのか?”という驚きの気持ちもあったのかな。最後はだれかに任せてもよかったけど、あの大歓声のおかげで完投してやろうと思ったんだ」
やる気を失いかけていた5年目。
日本シリーズ初登板とノーヒットノーラン、そして200勝達成。これらのシーンが脳裏に浮かぶファンは少なくないはずだ。
だが昌さんの歓声の記憶は、この3試合だけではない。
無名に過ぎなかったプロ入り5年目、留学先のアメリカで浴びた数々の声援が忘れられないという。
'88年春、昌さんは交換留学生のような形でドジャース傘下、実質四軍に相当するベロビーチ・ドジャースに送り込まれた。
正直、やる気を失いかけていた。勝負の5年目、死にもの狂いでアピールしようと決意していたが、遠いアメリカではアピールしようがない。戦力外を通告されたも同然ではないか。
だがベロビーチでのファン交歓会を境に、気持ちは変わる。
開幕直前のイベント。チームメイトたちが一人ひとり壇上に上がり、「優勝します」、「チャンピオンシップを取るためにベストを尽くします」などとあいさつし、ファンの拍手を浴びていた。
その光景を見て、昌さんは自然と心が熱くなっていった。
「留学直後のぼくは、ちょっと冷めていたんです。四軍で結果を出したところで、どうなるって。でも、仲間のあいさつとファンの声援を聞くうちに、冷めていた自分が恥ずかしくなって、気がつけば慣れない英語で“チャンピオンシップを取ります”って口にしていました。そのときからです、必死に野球に取り組み始めたのは」