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<エールの力2019 vol.1>
山本昌「忘れられない大歓声の記憶」
posted2019/08/29 11:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Hideki Sugiyama
だれが呼んだか「中年の星」。日本プロ野球初の50代選手となった山本昌さんは、だれよりも声援を浴びてきたアスリートだ。
32年にも及ぶプロキャリアの中で、昌さんには鳥肌が立つような大歓声の記憶が3つある。
1988年10月25日、西武との日本シリーズ第3戦。
2006年9月16日、阪神戦でのノーヒットノーラン達成。
2008年8月4日、巨人戦での200勝達成。
不安でいっぱいだった初の日本シリーズ。
記念すべき日本シリーズ初登板。23歳の昌さんは、不安とともにその日を迎えた。
勝てるだろうか、という不安ではない。胸に渦巻いていたのは「俺なんかが先発で、ファンは納得してくれるだろうか……」という思い。
無理もない。この年、昌さんは終盤戦だけで5勝を挙げたが、一軍に定着したばかりの若手にすぎなかったからだ。
やがて、先発投手発表の瞬間が訪れる。
「ブーイングが起きたらどうしよう……」
不安を紛らわすように身体を動かしていた昌さんの耳に、中日ファンの大歓声が耳に飛び込んできた。ファンは待っていたのだ。5年目にして才能を開花させた、若き左腕のピッチングを。
「試合には勝てなかったけどいい投球ができたのは、みんながぼくを受け入れてくれたおかげ。あの大歓声には、ほんとうに勇気づけられました」
最終回のマウンドで「よし、やったる!」
ノーヒットノーランも忘れられない。
最終回を待つ昌さんは、もちろん大記録が目前に迫っていることを知っていた。しかし頭の中にあったのは、「記録は二の次、とにかく勝つ!」ということだけだった。
シーズン終盤の天王山、相手は2位の阪神だったからだ。
だが、最終回のマウンドに向かう途中で、意識が変わった。信じられない大歓声が、ナゴヤドームを包み込んだからだ。
「あの瞬間、これはやらなきゃと思った。長いキャリアの中でも聞いたことがない大歓声、まさに割れんばかりの大歓声だったからね」
「よし、やったる!」と腹をくくった昌さんは、最終回も気迫を押し出し、阪神打線を抑え込む。
プロ野球史上最年長となる41歳1カ月でのノーヒットノーラン、それはファンの大歓声が後押しした偉業だった。