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<「2019世界柔道」直前インタビュー vol.1>
兄妹で目指す金メダル。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2019/06/27 10:45
左から、男子66kg級・阿部一二三(日本体育大学4年)、女子52kg級・阿部詩(日本体育大学1年)
「お兄ちゃんが前にいるので頑張れる」
詩は、一二三をこう語る。
「常に私の前を歩いてくれている存在で、苦労していることもたくさんあると思うんですけど、それを見せずにお兄ちゃんらしく、どんなときでも私の前で引っ張っていってくれる。ほんとうに尊敬する柔道家でもあります」
詩は昨年、初めて出場した世界柔道で金メダルを獲得した。男子66kg級と同じ日に行なわれたため、同日に兄妹で優勝したことも話題となった。
「まわりの方から、『お兄ちゃんに並んだね、やっと追いついたね』と言われます。でも、私の中では追いついたとか追い越したとは思っていなくて、常にお兄ちゃんが前にいるので頑張れます」
そして付け加えた。
「(兄と)一緒に頑張れる存在にはなりました」
忘れられないインターハイ初戦敗退。
一二三同様に、一本を獲る技の切れ味が魅力の詩は、中学3年生のとき、早くもシニアの大会である講道館杯に出場するなど頭角を現し、高校1年生で出場したグランプリ・デュッセルドルフではワールド柔道ツアー史上最年少となる16歳225日で優勝を飾った。
「畳の上にいる自分が好きです。すべてを懸けてやっていることですし、柔道のときがいちばん自分は輝いていると思うから」
そう語るくらい、柔道に打ち込み、以降も順調にステップアップしてきた詩には、忘れられない敗戦がある。高校1年生で出場したインターハイの初戦で敗れたことだ。
「優勝候補だったのですが、1回戦負けをして。あんなに悔いの残る試合は初めてでした」
悔しい、だけにとどまらなかった。
「次に何をすればいいか分からなくなってしまったというか、自分がどこを目指していいのか分からない状態が続きました」
それでも自分を取り戻していけた要因は3つあった。周囲の支えが1つ。約1カ月後に全日本ジュニア選手権が控えていたことが1つ。
「そこで3位以内に入らないと、講道館杯に出られなくて、そこで逃したらこの先はないと思いました。試合は待ってくれない、と気持ちを切り替えるきっかけになりました」
もう1つが、兄からのアドバイスだった。
「『この負けをどういかすかは、詩次第やぞ』と声をかけてもらって。そうだな、とけっこう心が落ち着きました」
一二三もそのときの会話を覚えている。
「たぶん、誰にもそういう経験はある、誰しも通る道だと思うんですよ。ただ、妹はあまりそういう負けを経験したことがなかったから。自分も負けを経て、こうやって上りつめてきたんだ、そういうことを伝えました。柔道家へのアドバイスというスタンスではなく、妹に対して、ですね」
互いを必要な、大切な存在として、2人は世界の頂点を極めるに至った。