Beyond The GameBACK NUMBER
「勉強がよくできた」を遠い逸話に。
~根尾昂を、まだ勉強で評価してしまう私たち~
posted2018/11/21 00:00

4球団競合の末、当たりクジは中日・与田新監督の手に。級友たちに胴上げされ、破顔の根尾。
text by

藤島大Dai Fujishima
photograph by
Hideki Sugiyama
31年前、ラグビーの名将、大西鐵之祐は、大学教授としての最終講義、次の例を挙げながら、スポーツと知性的行動について述べた。
「ああ、あれは野球ばっかりやっとるんやな。あれはパーや。すぐそういうことを言うんです」
そして続けた。
「これがいちばんしゃくにさわるんです。実際には、スポーツはパーじゃできんのです」
取材のために講堂の隅で聴きながら小膝を打った。
頭のよい人間がスポーツをするのではない。スポーツそのもの、そこにおいて勝負を究めようとすれば、行動は知性的であらざるをえない。スポーツはスポーツとしてインテリジェンスを問い、磨きもする……。あの日以来、そんなふうに解釈して自分なりに生きてきた。スポーツは、よき指導者がそこにいれば教育にもなるのだが、本来、ただスポーツである。スポーツの知性とはスポーツならではの知性である、と。
