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岩崎恭子と同期の36歳・稲田法子。
日本選手権・背泳50m優勝に思うこと。 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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posted2015/04/26 10:40

岩崎恭子と同期の36歳・稲田法子。日本選手権・背泳50m優勝に思うこと。<Number Web> photograph by AFLO

36歳にして「覚えていないくらい久々」という表彰台の真ん中に立った稲田法子。3位の酒井夏海は13歳の中学2年生だ。

 いつになっても、アスリートは光を失わない。あらためて、そう感じさせられた。

 少し時間が経ったが、4月7日から12日まで行なわれた競泳の日本選手権を観戦したときのことだ。

 ともに4冠を達成した萩野公介と渡部香生子、入江陵介ら第一人者の存在感、そして中学生として14年ぶりの世界選手権代表に選ばれた池江璃花子ら若手の台頭と、多くの選手たちの活躍があり、見ごたえのあるレースがたくさんあった。

 その中に、心に残る選手がいた。

 背泳ぎの稲田法子である。

 今大会を36歳で迎えた稲田は初日の50mで優勝すると、9日の100mでは2位。どちらの種目も派遣標準記録を突破するには至らず、今夏の世界選手権代表入りはならなかった。それでも優勝した50m、さらに優勝こそ譲ったものの前半から果敢に飛ばして50mをトップでターンした100mでの泳ぎは気迫にあふれていた。

 しかも36歳での泳ぎだ。「競泳は10代がピーク」と言われていたひと昔前からすると、競泳選手の競技寿命は長くなっている。とは言っても、30代でも泳ぎ続け、第一線にいる選手はきわめて限られている。その価値は大きい。

同期は岩崎恭子、最初の五輪はバルセロナ。

 もちろんキャリアも長い。これまでオリンピックに3度出場しているが、一度目は23年前、中学2年生で出場したバルセロナ五輪。同期の岩崎恭子が金メダルを獲得した大会である。

 2000年のシドニー、2004年のアテネ五輪にも出場。同年、一度は引退し指導者を志してアメリカに渡った。

 その決断が人生を変えることになった。新たな泳法理論などに触れて刺激を受け、'09年、アメリカの大会で復帰する。

 33歳で臨んだ2012年の日本選手権100mは3位でロンドン五輪代表入りはならなかったが、それでも現役を続行した。同年秋にはワールドカップで2度優勝するなど、好成績で世界短水路選手権日本代表に選出、昨年のジャパンオープン50mでは優勝を果たした。

【次ページ】 「技術を磨けば磨くほど、速く泳げます」

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