REVERSE ANGLEBACK NUMBER
中堅ジョッキーと、200万円の馬券。
菊花賞を巡って展開された人間模様。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byKyodo News
posted2014/10/31 10:30
菊花賞をレコードで勝ったトーホウジャッカル。これまで勝ち鞍は未勝利戦と500万下条件のみだったが、凄まじいスピードでスターダムに駆け上がった。
大成は来年以降かと思っていたトーホウジャッカルの進歩。
直線までのルート選択の明暗が最後の直線に表れた。4コーナーを回り、直線を向くと、2、3頭分外に出したトーホウジャッカルはすばらしい勢いで早めに先頭に立つ。追い込んでくると思われたワンアンドオンリーは直線までになし崩しに消耗したのが響いたのか、伸びるどころか後退して行く。
わずかに内ラチにへばりつくように進んでいたサウンズオブアースが食い下がってきたが、トーホウジャッカルは並びかけられるのを待っていたかのように突き放し、最後は半馬身の差をつけてゴールした。
トライアルでの伸び脚はたしかに見どころがあったが、ところどころで前の馬をうまくかわしてコースを選ぶ技術がまだ身についていないようにも思え、大成するとしても来年以降かと思われたのだが、わずかひと月弱の間に長足の進歩を見せた。
この成長を、200万男は確信していたのだろうか。いたとすれば、その根拠は。是非とも会って話を聞いてみたいのだが、もちろん名乗り出てくれるはずもない。
馬の成長とともに、競馬は人間模様のドラマでもある。
だが、その大口購入者以上に感心したのは騎乗していた酒井学だ。34歳の酒井は菊花賞までの通算勝利数が234勝(前週終了時点)。今年のリーディング・ジョッキーランキングでも22勝で43位とトップジョッキーとはいいがたい騎手である。
GIもジャパンカップダートでの勝利がひとつあるだけ。調べたわけではないが、クラシックでひとけた人気の馬に乗ったことはなかったのではないか。それが前売りとはいえ単勝1.4倍と人気を集める馬に乗った。顔の見えない大口購入者の支持は、おそらく知っていただろう。
経験豊富なトップジョッキーならやり過ごすこともむずかしくないこうした「偏愛」を正面から受け止めて、強引な騎乗に出ても不思議ではない。あるいは過剰に意識して慎重になり、勝機を逸することだってあるかもしれない。それをうまくすり抜けて、自信満々、馬群の真ん中を割って抜け出して快勝した。
一方、1番人気のダービー馬は枠順の不運、通らされたルートの不利に泣いた形だ。だがそれ以前に、何度も挑戦しながら2着ばかりで勝てず、ようやく悲願を達成したダービーに比べると、陣営の事前のコメントなどを見る限り、菊花賞への熱度はやや低かったように感じられた。
馬の成長の個体差を知らされると同時に、馬券を買う人も含めた人の思惑とそれに動かされたり、動かされなかったりする人間模様の面白さも感じさせてくれた菊花賞だった。