REVERSE ANGLEBACK NUMBER
18年間挑戦者であり続けた男――。
西岡利晃が貫いた王座以上の美学。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byREUTERS/AFLO
posted2012/10/24 10:30
無念の9回TKOだったが、帰国した西岡は「最高の舞台だった。こんなに大きな試合ができて幸せ。負けたけど、悔いは一切ありません」と穏やかに語った。引退も囁かれるが、本人は「もう少し考えて、自分の口から言いたい」と明言を避けている。果たして……。
ボクシング界で8年間も挑戦者であり続けることの意味。
ボクシングの挑戦者というのは9勝6敗の勝ち越しをつづけるクンロク大関や2着をつづけて賞金を稼ぎ、低いクラスに居座る馬主孝行の競走馬とは違う。王者の相手としてふさわしいと周囲に認められ、自らも王座を熱望する者、選ばれた者である。
西岡は長いこと挑戦者でありつづけた。最初に世界タイトルに挑戦したのは2000年の6月である。以後、おなじウィラポンに3回挑むが、引き分けが最高でついにタイトルは奪えなかった。普通ならこれであきらめて引退しただろう。実際、負けたあとは挑戦者の地位すら奪われることになった。
だが、西岡は自力で挑戦者の地位を奪い返した。ウィラポンとの4度目の世界戦のあと、8連勝して挑戦者になり、ナパーポンを破って王座に就いた。ナパーポン戦は'08年だから最初の世界戦から数えると、実に8年余りも挑戦者でありつづけたことになる。チャンピオンの期間は4年だから、挑戦者の時期のほうが倍以上も長い。いってみれば、西岡にとっては、王者よりも挑戦者のほうが住み慣れた立場なのだ。
追いかけることに長けた者と、守ることに長けた者の違い。
ADVERTISEMENT
優れたボクサーは追いかけることに長けた者と守ることに長けた者に分けられるのではないか。かつてのボクサーでいえば、日本ではじめて2階級の王者になったファイティング原田やけがを乗り越え王者に返り咲いた辰吉丈一郎は前者、同じ階級で防衛を重ねた具志堅用高や近年の長谷川穂積は後者だ。
どちらが優れているといったことではない。守ることに長けていても攻撃的な面はあるし、追いかけることに長けていても狡猾な技巧がないわけではない。違いは技術的なスタイルではなく、ボクサーとしての姿勢だ。別の例をあげれば、同じキューバ革命の同志でありながら、キューバの国家指導者として40年以上を過ごしたカストロと革命のあとボリビアに渡って山中で殺された永久革命家のゲバラの対照がわかり易いかもしれない。