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お江戸に彷徨う霊を自転車で追う!?
下町に広がる歴史的名所の“異界”。 

text by

疋田智

疋田智Satoshi Hikita

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photograph bySatoshi Hikita

posted2012/09/30 08:00

お江戸に彷徨う霊を自転車で追う!?下町に広がる歴史的名所の“異界”。<Number Web> photograph by Satoshi Hikita

吉良上野介義央の上屋敷跡の前にて、フォールディングバイクの傑作車ブロンプトンと共に。

“置いてけぼり”という言葉の奇妙な由来。

 さて、国道14号線に付かず離れず、裏道を通りながら、小さな工場や小さな問屋、倉庫などが連なる先に行ってみると、錦糸町近くに出る。

 小さな公園があって、可愛らしい「河童の像」が立っている。

 実はこれが「置いてけぼり」の河童。

 置いてけぼりというと、仲間から離れて、一人で置いて行かれてしまうこと。強いて漢字を当てるとするなら「置いてけ放り」と、これすなわち「置いてけぼり」という気がするんだけど、実はこれがちょいと違う。

 置いてけぼりを漢字で書くと「置いてけ堀」である。

 江戸時代、この周辺は水路が多く、魚がよく釣れたという。ある日、町人たち数人が大漁の釣果を得た。で、気をよくして家路につこうとすると、不思議なことに、堀の中から「(魚を)置いていけ」と声がする。無視していたら「置いていけ」の声は繰り返し響きわたり、あまりの恐怖に、町人たちは我さきに走って帰った。

 家について魚篭の中を見ると、あれほど釣れた魚が一匹も入ってなかったという……。

 とまあ、そういう怪異現象。で、声の主は恐らく河童であろうということで、この銅像が建った。でも、川獺(かわうそ)、狢(むじな)が犯人であるという説もある。いやまあ「説もある」も何も、という感じなんだが。

 ま、いずれにしても、この地域はこうした怪異現象、妖怪奇譚には枚挙にいとまがなく、代表的な7つを集めて「本所七不思議」という。志ん生の落語が一気にこの話をメジャーにした。

 この「置いてけ堀」の話が一番有名だが、ほかのはこんな感じ。

●狸囃子……夜風に乗ってあちらこちらから狸ばやしが聞こえてくる。しかし、聞こえる方に行っても、狸は見つからない。

●送り提灯……本所・出村町あたりを歩いていると、月が隠れて真っ暗になってしまった。すると、前方に提灯の灯が現われた。やれ嬉しやと近寄るとふっと消え、また前方に灯る。いつまで行っても追いつけない。

●落葉なき椎の木……大名松浦家の上屋敷には、大きな椎の木があったが、この木、葉が落ちるところを誰も見たことがなかった。

●津軽屋敷の太鼓……現在の両国駅近くに、津軽家という家があった。昔から火事を知らせるために大名家の火の見櫓では版木を打つのだが、太鼓を打つことができるのは津軽家だけと決まっていた。なぜなのかは分からない。

●片葉の葦……若い留蔵がお駒という娘に惚れていた。しかし恋の成就ならず、逆恨みした留蔵はお駒を殺し、片手片足を切り落として、堀に投げ込んだ。それからというもの、ここには片葉の葦が生えるようになった。

●燈りなし蕎麦……夜、とある二八そばの屋台は、いつ行っても誰もいない。そのくせ行灯の明かりだけは常に消えず、誰が油をさしているのかもわからない。

●送り拍子木……入江町の鐘近くで夜回りをしていると、どこからともなく拍子木のカチカチという音が聞こえてくる。

●足洗屋敷……両国あたりのとある屋敷で、深夜になると突然「足を洗え」といって大きな血まみれの足が天井から降りてくる。屋敷中の下女が集まってきれいに足を洗ってやると、そのまま天井裏へ帰っていく。もしもそのまま足を洗わずにいると、夜が明けるまで屋敷中を暴れ回ったということだ。

 あれ? 合計9つある。

 しかし、ま、気にすることはない。「七不思議」というのは、単に語呂がいいからというだけで「七」は単に「たくさん」の意味なのだから。しかし、正直なところ「よくワカラン」というか「で?」という感じなのが多い。

 私としては「燈りなし蕎麦」が好き。なんとなく薄気味悪いながら、心のどこかがホッとするような味わいがある。赤坂と四谷の間、紀伊国坂の「むじな」に通じる話でもある。

 椎の木の屋敷は、現在の両国公会堂の周囲だそうだ。

 また、足洗屋敷だけは「この場所だ」という地点が分かっていて、現在ではめがね店チェーンが入っている。

【次ページ】 そして、異界をグルリと巡って再び両国橋へ。

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