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原作にない人間味を描いた
映画版『マネーボール』。
~MLBを変えたカリスマGMの物語~
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph bySony Pictures Entertainment
posted2011/11/09 06:00
『マネーボール』 監督:ベネット・ミラー 本篇上映:2時間13分 11月11日(金)より丸の内ピカデリーほか 全国ロードショー
貧乏球団、アスレチックスはなぜ強いのか? '03年、その謎を解いたマイケル・ルイスの『マネーボール』は「10年に1冊」クラスの傑作で、アメリカではミリオンセラーになった。このノンフィクションが今秋、映画化され、なんと主役はブラピである!
主人公のビリー・ビーン(ブラッド・ピット)はアスレチックスのGM。しかし選手獲得に割ける予算はヤンキースのような人気球団と比べると、圧倒的に少ない。そこで統計学という新しい発想を球界に持ち込み、常勝球団を構築していく。でも、『マネーボール』って会議室でパソコンの数字とにらめっこする話だけど、そんな話で映画になるの? 製作の情報が数年前から流れ、期待は高まっていたが、そうした不安も囁かれていた。
はたして映画版『マネーボール』は、活字との特性の違いが顕著に表れていた。会議のシーンはコミカルに描かれ、GMとスカウトたちが来季の戦略を練る場面で古手のスカウトがこんな発言をする。
「彼女がブスな選手はダメだ。自分に自信がないって証拠だ」
『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキンらしい脚色も。
笑った。スカウトたちが選手の「印象」を真面目に議論しているのがたまらなくおかしい。しかしこれは決して誇張ではなく、10年ほど前まではこの程度の議論で選手補強が行なわれていたのである。
映画版『マネーボール』の特徴は、野球映画でありながら人間の機微に踏み込んだところにある。旧世代のスカウトとの対立が代表的だが、そればかりではなく、球場ではキレ者のビーンも、家庭では決して器用ではないことが描かれる。原作ではGMの家庭問題には踏み込んでおらず、より広い観客層にアピールするために、映画の製作陣が脚色したことがわかる。『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー脚色賞を受賞したアーロン・ソーキンらしい彩りである。
私がもっとも印象に残ったシーンは、ブラピとGM補佐役のジョナ・ヒルが「人事手法」について議論する場面だ。
大学を出て数年しか経っていないピーター(ヒル)は対人関係が苦手で(誇張された野球統計オタクで、モデルとなったGM補佐、ポール・デポデスタは実名の使用を拒否)、選手に解雇やトレードを伝えることは無理だと言い張る。それに対するブラピの答えは極めてシンプルだが、芯の通った人物であることが短いやりとりで表現され、GMという職業が精神的に負担の大きいことが痛感される。