野球クロスロードBACK NUMBER
ノムさんが仕掛けた「一球の罠」。
喧嘩上等・楽天の次なる手は?
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byTomoki Momozono
posted2009/10/19 12:30
中学時代、暴走族の従兄弟がこう言っていた。
「喧嘩っつうのはなぁ、売ったほうが大概負けんだよ」
経験則からして、確かにそうだったような気がする。ただ、ことスポーツにおいては、そのような概念は通用しないのだと、東北楽天対福岡ソフトバンクのクライマックスシリーズで勝手に納得してしまった。
3位以上が確定してからの楽天は、世間を賑わせ続けた。
仕掛け人は当然、指揮官の野村克也だ。後任候補が今季で広島を退団するブラウンだと分かれば、報道陣の前で彼の十八番であるベース投げのパフォーマンスを披露。リンデンの監督批判に対しても、コメントを控えることなく一部始終をぶちまけた。解任が決定となると「2連敗で終わるやろ」と早くも白旗宣言などなど、監督の言動は連日スポーツ紙の一面を飾った。
野村監督のパフォーマンスはすべて計算ずくな“喧嘩の作法”。
ただ、監督・野村克也の歴史を紐解くと、この一連のパフォーマンスはリップサービスでもネガティブ・シンキングでもなんでもない。喧嘩、挑発だと捉えるべきだ。
過去にも似たようなことがあった。南海のプレーイング・マネージャーを務めていた1973年、前期は優勝したものの、後期は大失速。そこには、プレーオフの相手になるであろう阪急のデータ収集や戦術をたてる期間に費やすという意図があった。さらに、後期の直接対決では完全に手の内を隠し、12敗1分と「死んだふり」を決め込んだ結果、リーグ優勝を果たした。
'95年のオリックスとの日本シリーズでは、2年連続首位打者のイチローに対し、「たいしたことない」、「弱点は内角高めのストレート」と'73年とは逆に、シリーズ前から手の内を何度も公にした。それがイチローに直接影響を及ぼしたかどうかは知りえないが、徹底した内角攻めによって彼はヤクルトバッテリーに完璧に封じられた。
今回のクライマックスシリーズでも、「1球が命取り」と言っているように、誰よりも短期決戦の恐ろしさを知っている野村だけに、打てる手は全て打っておく。ユーモラスな対応で周囲の目を引きつけながら、実はそこを通じて相手に喧嘩をふっかけている。
たった1球、相手がその喧嘩に乗ってくれさえすればいい。
第1戦、ソフトバンクの杉内が野村監督の術中にハマる。
第1戦、ソフトバンクの先発・杉内俊哉は、“白旗宣言”を掲げる楽天を甘くみたのか、まんまと野村の術中にはまってしまう。
1回裏、内角低めのストレートが高めに浮き、シーズン1本塁打の先頭打者・高須洋介にレフトスタンドへ運ばれてしまう。その後、セギノールにも2ラン、3回には鉄平のタイムリー、伏兵・中島俊哉にも本塁打された。これらは全て高めの失投を痛打されたもの。杉内は3回途中7失点で降板。高須への1球ですべてが狂ってしまった。
第1戦は指揮官が巧みにセッティングした喧嘩によって手にした勝利ならば、第2戦は選手の意地を見た試合だった。