カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:東京「地球の自転と時差ボケの奇妙な関係。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2007/01/30 00:00
時差ボケは厄介だ。今回の場合は特に酷かった。ある時、突然押し寄せる睡魔と、いっこうに眠くならない不眠との繰り返しを、1週間近くも続けることになった。年齢を重ねるほどに酷くなっている気がする。僕と似たような行動を取っている人は、大抵そのような傾向にあるという。「最近時差ボケが酷くなってサ」は、仲間内で何かにつけ、語られる台詞だ。「時差ボケは、寿命を縮めるんだってサ」と、どこかで仕入れた情報を、自虐的に語る人もいる。
もっとも僕は、定時に出勤する必要がない人種なんで、だからといって、ストレスを抱えているわけではない。眠くなったら寝ればいいお気楽な立場にある。だからよけい、時差ボケは治りにくい。
さらに言えば、もともと夜型人間なので、朝寝て、昼に起きる浮世離れした生活が身体に染みついている。僕は常にボケた状態にある。日本の朝は欧州時間の夜。日本の昼は欧州の朝。その夜型は、かっこよく言えば、欧州型と言い換えられる。だから欧州にいるときの僕は、わりと規則正しい生活を送ることができる。到着日の翌日には、時差ボケはほぼ消えている。午前中から、ぴんぴん動き回ることができる。
しかしこれは、僕に限った話ではない。日本で夜寝て朝起きる規則正しい生活を送っている一般人にも、総じてあてはまる傾向なのだ。日本からやってきた人が、欧州で何日も時差ボケに悩まされるケースは少ない。時差ボケの悩みは、ほぼ帰国時に限られるというわけだ。
ところが、日本からアメリカ大陸方面に行った場合は、全く逆の話になる。悩まされるのは現地に到着した際で、帰国時はそうでもない。僕の体験と多くの人の証言は、つまりこう語るのだ。時差ボケは、地球の自転方向に対し、そのスピードを超えるように順回転で動いた場合に、酷い状態に陥る。
先日、反町監督にインタビューしたときにも、そんな話になった。中東の国が日本で試合をするときに良いプレイができない理由は、そこにあるんじゃないだろうかとは彼の分析である。
クラブW杯でバルセロナが、インテルナショナルに敗れた原因の一つでもあるはずだ。南米の選手の方が、移動の時間は長いが、方向は、地球の自転方向とは反対だ。逆らうように動いている。
もっとも日本にやってきたインテルナショナルのサポーターの中には、日本で強烈な時差ボケに襲われた人がいたはずだ。というのも、彼らの中には、欧州経由で日本にやってきた人がいたからだ。実際、僕は、その便に乗り合わせている。そして、時差ボケに悩まされながら、大会を観戦することになった。地球の自転速度を上回るスピードで、順回転でやってきた欧州経由組と、選手と同じように地球の自転に逆らうようにやってきた、アメリカ経由組との間に、どれほど症状に違いがあったのだろうか。
不思議なのは、日本から南米を旅行しようとすると、オートマチックにアメリカ経由のチケットを手配されることだ。欧州経由はまったく一般的ではない。南米は、日本から見てちょうど地球の真裏に位置する。飛行ルートは2方向あるのが本来の姿である。僕と欧州から乗り合わせたインテルナショナルのサポーターのような選択は、日本在住者にはなぜできないのか。誰か教えて。
それはともかく、時差ボケの話に戻れば、「海外組」が日本で良いプレーができにくい環境に置かれていることも事実なのだ。来日して1週間があればなんとかなるが、2、3日後ではきつい。それが、ピークに達した中で試合に臨むことになる。オシムではないけれど、そうまでして招集する必要性を僕はあまり感じない。彼らをそんなに招集したいのなら、日本代表が欧州でアウェー戦を行えばよいのだ。選手が現地で、時差ボケに悩まされることもないわけで。
オシムは僕にはっきりこういった。「欧州で試合をする場合は、アドバンテージは彼らにある」と。海外組にまつわる問題は、日本代表のホーム戦に偏りすぎる傾向と深い関係があるノダ。それは言い換えれば、興業重視の商業主義となる。それをオシムのせいにするのは良くない。というかズルイ。中村俊輔をなぜ呼ばないと騒ぐ前に、知っておくべき事実がある。
時差ボケとは、長い移動距離によってもたらされる症状である。それと格闘していると、世界の広さ、本場との距離の遠さを自ずと実感させられる。寿命が削られるのは嫌だけど、そういう意味でこのボケは、思いのほか幸せな、人間にとって大切な症状にも思えてくる。夢や浪漫をとかく忘れがちな現代人にとって。それが収まる頃には、また行きたいという欲求が芽生えてくる。夢や浪漫を求めたくなる。
だから地球の自転を巡っての、この日本と欧州との関係に、両者間を頻繁に往復する身の上にある僕は、とても満足している。もし日本と欧州が逆さまの関係なら、行きたい欲求を、いつでも持ち続けることができるか、怪しい限りだ。