カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:フランクフルト「W杯開催国は今。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2006/05/10 00:00
ドイツの状況を知りたくなって、
オランダから電車に揺られて向かってみた。
結構ムードは盛り上がってきているらしい。
アムステルダム発、フランクフルト行きのICE(インターナショナルエキスプレス)に、僕は途中の停車駅であるユトレヒトから乗車した。所要時間は3時間15分……。
特別な用事があってフランクフルトを目指しているのではない。暇つぶしにというとオーバーだが、仕事が一段落したので、W杯開幕まで1か月を切ったドイツの様子でも探りに行こうと、ふいに好奇心が疼いたのだ。
とはいえだ。何を隠そう、僕は大の日本好きなのだ。本来なら、サッと欧州を離れ、帰国すべきところだが、ゴールデンウィーク明けのいまは、海外旅行を楽しんだ人が、帰国するタイミングと重なる。帰国便が抑えられないのである。この16日には、チャンピオンズリーグファイナルのために、再び日本を出国しなければならないというのに、これじゃァ、日本滞在はわずか数日間に限られてしまう。もうまったく。
でも、神経を苛立たせているわけでは全くない。シートをリクライニングにし、車窓にいっぱいに広がる新緑の風景を眺めていると、気分はたまらず爽快になる。この季節のグリーンはとても美しい。目に眩しい鮮やかな色を発している。世間の汚れにまみれていないというか、世俗に毒されていないと言うか、そのグリーンは、まさに生まれたてのほやほやのような初々しさがある。瑞々しく爽やかで、スギヤマシゲキかくあるべしと、御天道様からご指導を仰いでいる気にさえなる。
両耳にはヘッドホンが装着されている。音源は相変わらずipodシャッフルなのだけれど、今年に入って購入した、このボーズ社のヘッドホンは優れもので、いまや旅のお供に欠かせない秘密兵器になっている。ノイズキャンセリング機能が、いやな雑音を、きれいに排除してくれるのだ。電車はもちろんだが、飛行機の機内では、それ以上の効果を発揮してくれる。耳栓をした上で、このヘッドホンを装着すると、世界は突然、波を打ったように、ヒタッと静まりかえる。一人、別世界に没頭することができるのだ。音楽を聞いても、平穏な世界がブチ壊れるわけではない。それでも、平穏さは保たれる。音楽を聴きながら、眠れてしまうから不思議だ。音楽はさながら子守歌というわけだ。案の定、いま僕は、猛烈な睡魔に襲われそうになっている。新緑クンたちともしばしお別れだ。
フランクフルト到着。オランダもポカポカだったが、こちらはそれ以上の陽気だ。春を通り越していきなり初夏がやってきたみたいだ。だがこれを信用するわけにはいかない。ドイツの場合は真夏でも、暑くならないことがたびたびある。6月9日からの1ヶ月間は、いったいどちらの陽気に転ぶのか。それ次第で、プレー内容はいくらでも変わる。好試合を期待するなら、寒いドイツに限るのだ。2002年W杯で、韓国サイドに好試合が多かった理由もそれになる。高温多湿な日本の6月は、サッカーには全く向いていない。
それはさておき、フランクフルトの繁華街を、ウィンドショッピングすれば、開幕が1か月後に迫っていることが実感できる。サッカーっぽい飾り付けは、あちこちに目立つ。中でも勢いを感じるのは「服屋」で、出場国の国旗や、チームカラーをあしらったTシャツが、店内の目立つ所に置かれている。ブラジル、イタリア、アルゼンチン、イングランド、オランダ……メキシコやポーランド、オーストラリアやクロアチアもある。それぞれの服屋メーカーが、デザインを競い合っている様子だ。本大会期間中は、飛ぶように売れるんじゃないだろうか。お土産にこれ以上のモノはない。
ただ断っておくが、その中に日本代表をイメージしたものを見つけ出すことはできない。ひとつもだ。そんなものかと思う反面で、日本のファンの購買力を馬鹿にしちゃいけない。相変わらず日本人はドイツにたくさん駆けつけるはずですよと、服屋に対して忠告したくなる。しかし、いっぽうで、ドイツへ行った日本人が、日本をイメージしたものに反応するかどうか、イマイチ自信が湧かないことも確かである。ひょっとして服屋たちは、ジーコジャパンの不人気を、事前にリサーチしているのかも知れない。
かくいう僕もその一人だ。日本人であるにもかかわらず、他国ものに手を出している。1か月ほど前、スペインのビルバオで、ベロの部分にイタリア国旗をあしらった、ボス社のスニーカーを購入しているのだ。
ビルバオ行きの目的は、ハビエル・イルレッタに会うためで、その際に、衝動買いしてしまったというわけ。イルレッタは言った。「ドイツW杯では、イタリアが面白い存在になるかも知れない」と。彼の意見に影響されて僕もと思わず手を出したわけではない。イルレッタ同様、イタリアが注目すべき存在に見え始めていたからだ。3月1日に行われた対ドイツ戦のビデオを見て、こりゃぁひょっとするかも知れないと、ピンと来るものを感じていたのである。
何いってんだ、お前。イタリアは期待できないと、いろんな所で書いてきたじゃないかと、お叱りを受けそうである。最近発売になった僕の新刊「サッカー世界基準100(実業之日本社刊)」の中でも、しっかりそう謳っている。すみませんと謝るしかない。〆切がもう2週間遅ければ、逆の内容を書いていたと、言い訳するしかない。それほど、対ドイツ戦のイタリアは、僕好みのサッカーをしていた。同様に、イルレッタのお眼鏡にも叶ったようだった。
さらに本日は、W杯期間中の1ヶ月間、ぶっ通しで借りる予定のアパートメントにも、下見を兼ねて出かけている。僕の中で、本番モードは次第次第に盛り上がっている。たぶん、日本の一般的なファンより格段に。普段、W杯よりチャンピオンズリーグだとは、僕の常套句ながら、W杯は実は好きで好きでたまらないイベントだ。その1か月の旅は、世の中に存在するいかなる旅より、絶対に面白いと断言できるからだ。
でも僕は、今月の16日、日本を発ってパリに向かう。チャンピオンズリーグ決勝を見るために。それはそれ、これはこれなのだ。W杯も良いけれど、チャンピオンズリーグも素晴らしい。やっぱり、そう言っておいた方が、僕的には丸く収まるような気がする。世の中のバランスを保つためには。