Column from SpainBACK NUMBER
欧州王者、始動のとき。
text by
横井伸幸Nobuyuki Yokoi
photograph byKazuhito Yamada
posted2008/08/25 00:00
マドリード空港で乗客の9割近くが死亡する悲惨な飛行機事故が起きた日の夜、デル・ボスケ新監督の新生スペイン代表が初陣を飾った。相手はデンマークで、スコアは0-3である。
数字だけ見たらヨーロッパ王者らしい快勝と思われるだろうが、90分間の内容はそれほど一方的でもなかった。サッカーがジャッジのポイントでスコアを決める競技だったら、デンマークに1点か2点は入っていたに違いない。前半は誰がどう見てもデンマークのものだったからだ。
そんな展開になった理由はくだんの事故だと、あるスポーツ紙は訴えていた。キックオフ数時間前に惨事を耳にした選手たちは、試合に入り込めなかったのだと。
確かに選手側は中止を望んだという話もあり、実際、両国のサッカー協会は一度中止を協議していた。
だが、選手の感受性を否定するわけではないけれど、私の見方では、悪かったのは“時期”だ。誰もがリーガ開幕、すなわち自分のクラブのことを考えている8月の下旬、代表に最高の試合を期待するのは無理な話である。今となってはウソのような話だが、昨年の初秋までスペインはユーロ予選突破を真剣に危ぶまれていた。そんな事態に陥ったのは、何より、予選が始まった2年前の夏、気の抜けた試合を何度か続けたからだ。
いずれにせよ、FIFAランキング1位は同36位に押されまくっていた。ユーロが終わって楽しい夏を過ごして、ルイス・アラゴネス前監督がかけた魔法も解けてしまったかのよう。試合後、デル・ボスケも「プジョルとカシージャスがいなかったら失点していただろう」と認めている。
ところが後半になってスペインは変わった。圧倒的で印象的。活き活きとして、力強くて、巧さが随所に感じられた。
私の「時期が悪い」説は一転、分が悪くなったが、言い訳をすると、今のスペインには、これまでにはなかったモノがある。ユーロを制覇したことで身に付けた自信だ。1年前のスペインを知っている人なら、その違いはハッキリ知覚できるはず。
タイトル獲得で得られるものは幾つもあるが、トロフィーや名誉、満足感・充足感など、どれも“過去”だ。しかし自信は未来。試合翌日の新聞の見出しに「ワールドカップよ、今すぐ始まれ」というのがあったが、焦る必要はないだろう。根拠は薄いけれど、このスペインは明るい2010年を迎えられるような気がする。
ところで今回の試合に際し、デル・ボスケは3人の新顔を召集し、1人を復帰させている。初めての代表入りは、しばらく代表には縁がなかったアスレティックの右SBイラオラとCBアモレビエタ。そしてセビリアのU-21代表カペル。復帰の方はバルサのボジャン。優勝チームを壊すわけにはいかないデル・ボスケがアピールした、少しばかりの独自色だ。
個人的に、ボジャンの代表デビューはこのデンマーク戦最大の見ものだと思っていた。「疲れ切っているから」とユーロ出場のチャンスを放棄したボジャンのモチベーションはいかほどか。誰とどんな風に噛み合うのか。ユーロ決勝戦で一皮剥けたトーレスや、欧州得点王ビージャの地位をいきなり脅かしたりするのか……。
しかし、ボジャンは結局ベンチに座りっぱなし。彼は8月末に誕生日を迎えるので、17歳の代表デビューという夢はこれで潰えてしまった。
一方、もう1人の若者カペルは後半の最初から出場し、堂々としたプレイでチームの勝利に大いに貢献している。彼はアラゴネスが使うことを止めたウイングタイプの選手。デル・ボスケのカペル起用は、すでに完成しているチームの引き出しをさらに増やすものであり、面白い。これもまた未来である。
デル・ボスケ率いるスペインは9月6日にワールドカップ予選の第一戦を迎える。
「中期的目標はコンフェデレーションズカップで、長期的目標はワールドカップ。だが予選は厳しく、ミスを犯す余裕はほとんどない。のちに問題を抱えずに済むよう、適切なメンタリティをもって始めたい」
そう語る監督と欧州王者の次なる挑戦。今から楽しみだ。