レアル・マドリーの真実BACK NUMBER

ガルシア・レモン監督の"暴挙"。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2004/11/09 00:00

ガルシア・レモン監督の”暴挙”。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 今どきサッカーゲームでも負けるはずだ。

 はっきり言う。ロナウド、オーウェン、ジダン、フィーゴ、ラウール、グティ、ロベルト・カルロスを同時にプレーさせることは暴挙である。

ゲームが現実のサッカーのシミュレーションであれば、攻守バランスも当然考慮されているはずであり、現在のサッカー界で最高級の“攻撃値”を持つべきロナウド、オーウェンらを投入しても、最強のチームはできないようプログラミングされているはずだ。

  昨季グティとベッカムをボランチに起用したケイロス監督は、「後はカシージャスに代えてポルティージョを入れるだけだ」と、チームの攻撃偏重ぶりを自嘲した。

 そのケイロスは今のレアル・マドリーを何と形容するだろう。

  読者の中には、「『グティとベッカム』と『グティとジダン』なら大差ない、“暴挙”とは大袈裟ではないか」と思う人もいるかもしれない。

 が、事はもっと深刻だ。

 今のレアル・マドリーのボランチは「グティとジダン」ではない。「グティとラウール」なのだ。ラウールのボランチは十分スキャンダルに値すると私は思う。

 フォワードが5人もいれば、配置を予想するのも楽ではない。

 11月3日のディナモ・キエフ戦のテレビ中継では、システム「4-3-3」、右からフィーゴ、グティ、ジダンのトリプルボランチに、ラウール、ロナウド、オーウェンのスリートップと紹介された。一方、スペインのメディアは「4-2-3-1」、グティとジダンのダブルボランチ、その前に右からフィーゴ、ロナウド、ラウール、1トップにオーウェンが張ると解釈した。だが、前者は大間違い、後者は間違い。実際にグラウンドで披露されたのは、ジダンが前線に残り、ラウールが左ボランチとして、ロベルト・カルロスの守りをフォローする光景だ。

 私は前回のレポート「“ラウール限界説”に反論する」で、昨季のラウールは“マケレレ化”していたと書いたが、これはミッドフィルダーとして守備の綻びを繕った、という比喩に過ぎなかった。ところが、キエフの地で繰り返されたのは、文字どおり役割もポジショニングもマケレレ化したラウールの姿だった。昨季はグティとベッカムの不安定な守備のフォロー役だった彼が、さらにポジションを下げロベルト・カルロスやパボンの背後をカバーしたのだ(ついでに言うと、そんな彼がこの試合で1ゴール、1アシスト。現金なもので、“ラウール限界説”は雲散霧消してしまった)。

 この4人のバロンドール賞を揃い踏みさせる、“銀河系的”に攻撃に偏重したチームは、当然の結果をもたらした。

 それが守備の破綻である。

 データを調べると、レアル・マドリーはここ4試合(メンバーを落とした国王杯レガネス戦は除く)で、6得点2失点。堅守を誇っているかに見えるが、その内実は逆だ。開始23分で2失点したディナモ・キエフとの第2戦(2-2)、2部から昇格したばかりの弱小チーム(失礼!)に19本のシュートを浴びたヘタフェ戦(2-0)、カシージャスの神がかりのセーブで辛くも逃げ切ったディナモ・キエフとの第1戦(1-0)。守りが安定していたのはバレンシア戦(1-0)くらいだ。

 よく誤解されるが、サッカーにおける守備の目的は、失点を防ぐことではなくシュートを撃たせないこと。キーパーの奇跡的なセーブや、ゴールポストやクロスバーに弾かれて、あるいは相手フォワードのミスで、結果的に失点しなかったことを“堅守”と呼べないのは当然だ。

  守備のスペシャリストがいないことで、もともとお粗末なレアル・マドリーの守備戦略が丸裸になってしまった。

  現在のレアル・マドリーの守備とは、一言で表現すると「ひたすら背走すること」。

 とにかく後ろに下がってサポートを厚くすることで、ボールを奪い返すことが狙いだ。そこには、たとえばバルセロナやミランがやっているような「ラインコントロール」「コンパクトスペース創り」「組織的なプレス」などは、存在しない。ジダンが駄目ならグティが当たり、グティが抜かれたらロベルト・カルロスが寄せに行き、その後ろでラウールが待ち構える――この繰り返し。ポールの後ろに人を集め数的有利を作り出すのは、守り方の基本だが、今どき小学生くらいしかやっていない。中学生世代からは、最終ラインを高く保つ守り方が普通。気の利いたチームならオフサイドトラップだって採り入れている。

 なぜか? 

  それはこの守備戦略が、選手に長距離を走ることを強制し、体力の激しい消耗を招く、非効率な守り方だからだ。相手ゴール前で失ったボールを、自陣のペナルティーエリア近辺で回復していては、体が持たない。

 この守りの非効率ぶりが、攻撃に悪影響を与えている。

  あれだけの超攻撃的な布陣ながら、期待されるような攻撃サッカーは見られないのだ。

 レアル・マドリーの攻撃がスリリングでなく、得点力が低い理由の1つに、そのスピードのなさがある。

 これは、1.スペースではなく足元にボールをもらおうとする、2.ボールの周りの選手の動きが少ない、3.ワンタッチプレーよりもドリブルを選択する、という“銀河系の戦士”たちのプレースタイルから生じる「遅さ」に、攻守の切り替えの「遅さ」が重なっているからだ。

 そもそも攻守の切り替えの速さとは、相手ボール(守備)をマイボール(攻撃)にするまでの時間のこと。

 当たり前だが、今のレアル・マドリーのように、敵陣で失ったボールを自陣ゴール前で回復していて切り替えが速くなるわけがない。そこから攻撃をスピードアップしようとしても、相手ゴールまでに100メートル近い距離がある。さらに悪いことに、走りに走ってやっとインターセプトした後では足だって動くはずがない。

 好調バルセロナの攻撃が速く、しかも長時間攻撃をしている印象を与えるのは、敵陣の高い位置で短時間でボールを奪い返しているからだ。それは、踏み止まって最終ラインを高く保ち、スペースを狭めて効率的にプレスをかけるという、レアル・マドリーよりも高度な守備戦略、攻守バランスの取れた選手起用のお陰である。意外に思うかもしれないが、守りを固めたことが、攻撃力アップをもたらしたのである。

 ガルシア・レモン監督がラウールをボランチ化してまで発明した“銀河系の戦士”のオールラインアップは、守りも攻めもできないという、中途半端なチームだった。タレントがチーム力に直結せず、攻撃と守りが阻害し合ったり、逆に相乗効果を生む複雑さが、サッカーの面白さだろう。

 と、ここまで書いたところで、対マラガ戦が終わった。

 2-0。敵地での勝利は2カ月ぶり。マラガのゴールチャンスは1度だけという完勝だった。この試合でも2点目を決め絶好調のオーウェンは、ベンチスタート。ボランチには本職のセラーデスが入った。

 教訓は生かされた。

ガルシア・レモンが“暴挙”に出ることはもう2度とないと、私は思う。

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