レアル・マドリーの真実BACK NUMBER

敵に拍手して学んだもの。 

text by

木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

PROFILE

photograph byAFLO

posted2005/11/25 00:00

敵に拍手して学んだもの。<Number Web> photograph by AFLO

 完敗である。

 「バルセロナが上だった。勝者にふさわしい」(ルシェンブルゴ監督)

 「攻撃でも守備でもプレーでもバルセロナが上。我われは壊れてしまった。(中略)レアル・マドリーに来てから最悪の試合だった」(ミッチェル・サルガド)。

 0−3が0−5や0−6でなかったことに感謝すべきだ。レアル・マドリーのチャンスは90分間で2回だけ。バルセロナは9回、そのうちエトー、メッシ、ロナウジーニョはキーパーと1対1になっている。内容にはゴール数以上の差があった。

 どんな言い訳も通用しない。

 「彼らの方が明らかに上だった。文句をつけようがない」(ジダン)。

 「ここ数年で最悪の敗戦だ。言い訳のしようがない」(グティ)。

 ロナウド、ジダン、バプティスタ、グティ、エルゲラが負傷あがり、プレーオフに参戦したパブロ・ガルシアが体調不十分だったのは確かだ。が、シャビとプジョルもここ1週間で3試合目だし、デコもケガが癒えたばかりだった。ケガを避け体と心をピークに持っていく調整能力も含めてチーム力であるから、体調不良は敗因にはならない。それに、ボールが持てずパスが繋がらない状態では、たとえロナウドらが万全でもどこまで抵抗できたことか。

 ファンに申し訳ない。

 「ファンに謝りたい」(パブロ・ガルシア)。

 「我われのファンが宿敵を拍手するのを見るのは心が痛む」(グティ)。

 ベルナベウの観衆が立ち上がって拍手した。後半31分、ロナウジーニョが自身2ゴール目を決め、0−3と止めを刺した直後のことだ。バルセロナの選手が祝福されるのはマラドーナ以来だそうである。拍手し終えると席を立ってスタンドを後にし始めた。これも敵がい心と忠誠心が頂点に達するクラシコでは異例のことである。

 ロナウジーニョのドリブルとフィニッシュは、喝采にふさわしいものだった。抜かれたのがスピードと機敏さでは定評のあるセルヒオ・ラモスだったことも、美技を際立てた。1点目はリズムチェンジとフェイント、2点目は純粋にスピードでディフェンダーを抜き去り、カシージャスが反応できないところへシュートを叩き込んだ。

 が、この夜、最も祝福されるべきは個人ではなく、チームとしてのバルセロナの完成度と魅力的なプレースタイルの方だろう。監督、選手、ファンが白旗を揚げたのは、ロナウジーニョ、エトー、メッシを輝やかせる背景とロナウド、ラウール、ベッカムがくすんで見えるそれとの間に、埋めようもない深い溝があることに気がついたからだ。

 宿命のライバルとの絶望的な差。

 今のバルセロナにはすべてがある:スピード、リズム、プレス、ゴール、ファイティングスピリッツ、犠牲的精神、集中力、組織、機能美、クリエイティビティ、堅守、ボール支配、速攻、遅攻、コンビネーションプレー、個人技、攻守バランス。反対に、レアル・マドリーには以上のすべてが欠けている。

 何がこの差を生んでいるのか?

 それは突き詰めればプランの有無である。バルセロナの戦い方には設計図があり、レアル・マドリーにはそれがない。

 バルセロナ:システム4−3−3、守備の考え方=最終ラインを上げてスペースをコンパクトにし、プレスをかけて高い位置でボールを奪う。攻撃の考え方=速攻が基本。動いてフリースペースを創り、トライアングルを作りながら攻め上がる。

 レアル・マドリー:システムは使う選手によって4−2−3−1か4−1−3−2か4−2−2−2。守備の考え方=どこまでも後退しボールを奪う。パブロ・ガルシアと最終ライン4人、カシージャスの間で何とかする。攻撃の考え方=速攻が基本。ベッカムのクロスをロナウドが拾ってシュート。グティのパス能力、ラウールのボールのないところの動き、ロビーニョのドリブル突破に賭ける。

 レアル・マドリーの攻守を描写するには選手名が不可欠であり、バルセロナには不要。バルセロナの攻守はパターン化され誰がプレーしてもほぼ機能するが、選手任せのレアル・マドリーの戦い方と成果は、誰がプレーするかに決定的に左右される。組織がタレントに優先するバルセロナ、タレントが組織に優先するレアル・マドリーという色分けもできるだろう。

 が、これはレアル・マドリーの方がタレントを発揮しやすいという意味ではない。あの夜、ベルナベウで起こったのはその逆だ。

 たとえば、メディアで騒がれた「メッシVSロビーニョ」の一騎打ち(チームスポーツでの“個人対決”などほとんど無意味だと私は思うが)。試合後の評価は「メッシ:突破力あり、テクニックあり、度胸もいい⇒マラドーナ2世。ロビーニョ:ドリブルだけ、スピードなし、雰囲気に呑まれる⇒まだまだ子供」というあたりに落ち着き、軍配は圧倒的にメッシに上がっているが、これは眉唾だ。ロビーニョだってエトー、ロナウジーニョの近くで、シャビとデコに背中を守られてプレーすれば、ドリブル突破に固執するはずがない。逆に、メッシがレアル・マドリーにいたら孤立して、彼のコンビネーションプレーをする視野の広さがまったく生きないに違いない。2人の評価は逆転してしまう可能性だってある。

 たとえば「オレゲルVSジダンあるいはロベルト・カルロス」。

 本業がセンターバックの急造右サイドバックで、足が決して速くなく足技だっておぼつかないオレゲルが、なぜジダンやロベルト・カルロスをやすやすと抜き去り、簡単に止めてしまうのか。メッシとデコやシャビとトライアングルを作り、ワンタッチパスを受けて飛び出しているからだし、彼らが体を寄せて前で潰してくれているからだ。1対1ではなく3対1なら勝って当たり前ではないか。

 こうした3対1の状況をグラウンド全体に無数に作られ、攻撃でも守備でもレアル・マドリーの選手は孤立していた。

 まるでバルセロナが15人くらいで戦っているように錯覚させられたが、これは第一に運動量の差、第二に選手の密度の差による。トップから最終ラインまでの距離が短いバルセロナの方が、スペース当たりの選手の数が多くなるのは物理的に当たり前。レアル・マドリーに対しては“プレスをもっとかけるべきだった”という非難の声が上がっているが、あれだけ最終ラインが下がり、ロナウドとジダンが走れず、ベッカムもロビーニョも戻ってこない状況では、プレスなんてかけられる訳がない。プレッシングサッカーはコンパクトなサッカーとセットでしか成立しないのだ。

 大敗の後、レアル・マドリーのフロントはルシェンブルゴ支持を発表。冬の移籍市場での補強に乗り出す構えだ。名前が挙がっているのは、決定済みのシシーニョ(サンパウロ)に加え、リカルジーニョ(サントス)、ルカ・トニー(フィオレンティーナ)ら。来年の夏にはバラック(バイエルン)も来るらしい。

 が、本当にこれでいいのか?

 戦略が要求する各ポジションの役割にふさわしいプロフィールの選手を集めることで、バルセロナはチームを強くしてきた。大赤字だったバルセロナはそうやって世界一の財力のチームを上回るチームを作り上げたのだ。サムエルやオーウェン、グラベセン(もう放出の噂がある)、バプティスタのようなタレントと金の無駄使いは、獲ってから使い方を考える場当たり的な補強の産物だったはずだ(ついでに言えば、ミッチェル・サルガドがいるのに右サイドバックのディオゴ、シシーニョを獲り、左のロベルト・カルロスを放置しているのはなぜだ?)。新戦力獲得より設計図づくりの方が先ではないか。

 補強はタレント集めではなく、チームづくりはタレント任せではない──宿命のライバルに拍手する屈辱は、この教訓を生かして初めて晴れる、と私は思う。

この記事の全文は「Number PREMIER」でお読みいただけます。
《バスケ日本代表》ベネズエラ戦、7分18秒の真実…「信じていますか?」トム・ホーバスに問われ続けた比江島慎と川真田紘也
《バスケ日本代表》ベネズエラ戦、7分18秒の真実…「信じていますか?」トム・ホーバスに問われ続けた比江島慎と川真田紘也
甦る死闘。 True Stories of 2023. - Number1086号 <表紙> 大谷翔平

Sports Graphic Number 1086
甦る死闘。
True Stories of 2023.

2023年12月7日発売
800円(税込)

Amazonで購入する

海外サッカーの前後の記事

ページトップ