カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:東京「バランス感覚。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2006/12/28 00:00
天皇杯で浦和レッズにPK戦で敗退したジュビロ磐田の
ファブリシオのレッドカードで感じたもの。それは──
本当に“大切なこと”を正当に判断するバランス感覚。
決着もついたことだし、そろそろテレビリモコンのスイッチを切り替えようかなと思ったその時だった。岡田主審がファブリシオに赤紙を突きつけたのは。
天皇杯準々決勝、浦和レッズ対ジュビロ磐田の一戦は、ご存じの通り、PK戦を制したレッズに軍配が上がった。話は丸く収まった恰好だが、その丸い話には、突っ込みを入れたくなる要素も多分に含まれていた。ジュビロのGK、佐藤洋平は、レッズの4人目、酒井のキックを見事に読み切りセーブした。だが、岡田主審の判定はやり直し。GK佐藤のモーションが速かったと判断したのだ。
試合後、岡田主審に食ってかかったのは、ファブリシオだけ。ジュビロの他の選手は、淡々と引き上げていった。スローで見てもかなり微妙だったというのにだ。
偉い!よくやった!さすがブラジル人!僕は、思わずファブリシオに拍手を送りたくなった。良いモノを見せていただいた気分さえした。ジュビロの熱狂的なファンでも、アンチレッズファンでもないのにだ。
ジュビロの日本人選手に対しては、イライラを募らせた。なぜ、岡田主審に詰め寄り、文句を浴びせかけないのか。世界基準に照らせば、物わかりの良すぎる淡泊な態度だといわざるを得ない。もっと怒れよ!僕は気がつけば、画面にぶつぶつ文句をつけていた。海外ならば、収拾がつかない大混乱に陥っていた可能性が高い。それこそが自然な姿なのだ。
主審に詰め寄り、暴言を吐くことは、悪い行為に決まっている。スポーツマンシップに悖るし、教育上も好ましくない。だが、いっぽうにおいて自然だ。人間本来のナチュラルな姿だ。
外国人のように毎度スーパーナチュラルになられても困るけれど、じっと我慢するばかりでは能がない。情けなく見える。時には赤紙覚悟で頑張る必要もある。
バランスが悪いのだ。文句の絶対量は、世の中を見渡してもかなり少ない。いつも文句ばっかり言っている僕などは、ずいぶん変わった人に映っているんだろうな。もっとも僕の場合は、あえて言わせてもらうことにしているのだけれど。世の中が世の中だけに。
それはさておき、夜の「スーパーサッカー」でも、この件には全く触れずじまいだった。ゲストは三浦カズで、白石美帆は今回の出演を最後に番組を降りる。そちらの話題に時間を割かれ、肝心の試合は疎かにされてしまった。美帆ちゃんの涙目も悪くはないが、ファブリシオの怒り顔が僕的には印象深い。それはそれ、これはこれなのだ。
こうした微妙な判定で、勝負が決した場合、外国では問題のシーンをVTRで流す。嫌というほど繰り返す。出演者がそれを見ながら、あーでもないこーでもないと、子供のような表情で、ケンケンガクガクの議論を展開する。審判にとっては辛い環境が用意されている。それとジャッジの善し悪しとは相関関係にあると思う。スポーツ新聞の記録欄にさえ主審の名前を見ることができにくい日本とは、著しい差がある。
テレビ、新聞、雑誌は、概して臭いものには蓋をしたがる傾向がある。当たらず障らずの姿勢を貫いている。運が3割を占めるサッカーとの相性は宜しくない。もう1歩も2歩も、バランス感覚をズラす必要を感じる。その反動だろうか、いっぽうで、ネット上の書き込みには、かなり過激な発言が目につく。陰湿なものも目立つ。しかも発言は匿名だ。片や控えめ。片や言いたい放題。バランスは極端に悪い。健康的な姿でも全くない。ファブリシオの怒り顔の方が、よっぽど健康的だ。教育的にも好ましく見えてくる。
バランスで思い出すのは、ジーコジャパンの支持率だ。ある新聞の調査では、アジア杯を制すると、それは80数パーセントにも達した。50%対50%こそが、理想的な姿だと思うし、アジア杯に優勝しても、せいぜい70%が良い線だろう。「敗因」はそこにあると僕は思う。ファン。それを誘導したメディア。支持、不支持が、ここまで一方的に開いてしまえば、協会にも川淵さんにも、焦る必要性は生じない。選手だって、下手な口は叩けなくなる。逆に風通しは悪くなる。嘘くさいムードに支配されることになる。
所詮はサッカーじゃないですか。と、僕は言いたい。政治や経済とは違うんです。W杯だって戦争じゃない。日本代表は、エンターテインメントの1コマに過ぎないのだ。もう少しナチュラルになりましょうよ。正々堂々としましょうよ。バランス感覚を回復しましょうよ。賛否両論が渦巻くケンケンガクガクの社会にしましょうよ。来る2007年に向けて僕はそういいたいし、その役目を微力ながら果たしていきたいなと思っている。
だから、オシム万歳!とは、簡単には言いたくないのだけれど、オシムは簡単には文句が言えないサッカーをしている。困ったことに。来年は、厄介な1年になりそうだ。