佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER
“空白”の代償
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)
posted2005/06/02 00:00
「5週間ぶりにグランプリ・サーキットを走れて嬉しいです!」
ニュルブルクリンクで金曜日の走行が終った後の佐藤琢磨の第一声がこれだった。
サンマリノの失格問題はすでに過去のこと。前だけを見据えて戦うという喜色が全身からあふれていた。
ただ、気持ちはそうでもF1グランプリは高度な道具をもって戦うスポーツ。高揚した気分が必ずしも好タイムになってはねかえるわけではない。
「5週間走らせてなかったので、プラクティスでのマイレッジは控え目でした」と琢磨は告白するが、これはホンダ・エンジンを慎重に扱ったことを指している。
サンマリノから5週間。生き物のようにデリケートなF1エンジンゆえ、ここはフレッシュ・エンジンに載せ換えて走りたいところだったが、FIAからの“お達し”はサンマリノのエンジンを使うべし、というもの。
ホンダの中本修平エンジニアリング・ディレクターは「(エンジンを)ずっとオイル浸けにしとくわけにもいかないし、オイル切れさせるわけにもいかないので、クランクシャフトを回してオイルを行き渡らせてました。特に心配はない」としながらも、初日金曜日午前中はマシン・チェック程度の走行。ミシュラン製タイヤに決めてからの土曜日午前中のプラクティスも、数周走ってはピットインし、また数周走ってはチェックし、の繰り返し。十数周連続走行してタイヤがどう変化するか、いわゆる“ロングラン”はできず、数周のデータをつなぎ合わせてマシンのセッティングを決めた。
その結果どうだったか?
「マシンは最初からニュートラルステア。思ったようにマシンが動く。これはマズイなと思いました」
それで何か文句あるかといえば大ありなのである。最初からよく曲がってくれるマシンは、周回を重ねるにつれタイヤが減ってマシンが曲がり過ぎる傾向になる。最初はアンダーステア(切り舵より外へ行く)くらいで終盤に帳尻が合うのだ。
「10周目くらいからオーバーステア(後輪が滑り過ぎる現象)になっちゃいました」
これではライバルと戦うどころではない。それにブレーキ・バランスも後ろ寄りだから、下りながら進入するコーナーでは前輪の方向より外へマシンが行きたがる。アクセルとブレーキを踏む操作に神経をすり減らし、自分のペースを守るのが精一杯のうちに琢磨とホンダの復帰戦はチェッカーとなった。
「エンジニアリングの失敗です」
レース後の中本エンジニアの総括はシンプルだった。エンジンに一抹の不安さえなければもっと違った戦いができたかもしれない。2レースの“空白”の代償は少なくなかった。
それでも12位フィニッシュの琢磨は「これで次のカナダの予選は真ん中の順番で発進できます」と、復帰戦の収穫を挙げる。
次戦カナダで上位フィニッシュすれば状況をリセットでき、続くアメリカは表彰台のチャンス。奇しくも昨年初表彰台を得たアメリカで、今季初めて存分なレースができる可能性が見えて来た。
「カナダの目標は今季初ポイント」と言う琢磨の全身に、フレッシュな戦いの潤滑油が巡り始めたようだ。