カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:大阪「KY。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2007/10/22 00:00
「空気が読めない」ことは、最近、特に非難されるような気がする。
しかし、よく考えたらほとんどの人が読めてないのではないか。
サッカーを見ていても「空気が読める」監督はなかなかいない。
手違いがいろいろあって、大阪行きが決まったのは月曜日の夕方。日本代表対エジプト戦の2日前だった。しかし、ドタバタしながらも僕は考えた。その行き方について。
周りの何人かに訊ねれば、新幹線の「出張パック」とやらを利用するという。新幹線とホテルを別々に手配するより、遥かにお得なんだそうだ。「ホテル代分ぐらいは浮いちゃいますよ」という台詞に、一瞬、グラッと来たことは確かだった。
しかし僕は、できれば他人と同じことがしたくないあまのじゃくだ。ふと、いまお世話になっている編集者の趣味が、頭を過ぎった。てっちゃんこと鉄道マニアの彼は、大阪出張からの帰りには、必ず寝台列車を利用しているのだという。これも、他人のアイディアながら、出張パックに比べれば断然、浪漫チック。真似してみる価値はある。
だが、インターネットで検索を開始しだしたところで、ハタと気がついた。当日、試合終了後、寝台列車に乗り込むわけにはいかないことに。深夜1時から中継される、反町ジャパン対カタールを見逃すことはできないのだ。
すると画面には、格安航空券の情報が飛び込んできた。羽田〜関空=7900円。「STAR
FLYER」という新しくできた航空会社が、関空就航記念で、破格の料金プランを提供していたのだ。ほぼ、新幹線の片道料金に等しい金額で、往復できちゃう計算になる。「フライング・ダッチマン」ならぬ「空飛ぶ日本人」を自負する僕にとり、これほど触発されるお買い得品はない。というわけで水曜日、空路で大阪を目指した。
「STAR FLYER」は、何よりデザイン性に優れていた。光沢感のある黒の革張りシートの座り心地も上々。僕は、いつものように自らの選択センスに酔いしれることになった。すると、お約束のように睡魔が到来。気がつけば、関空に到着していたわけだ。
関空〜なんば間は「ラピート」という空港特急で37分。難波駅近くのホテルに荷物を置き、そしてグリコの看板の近くにある「日本一うまいたこ焼き」で、大阪名物を突いてから、地下鉄御堂筋線で長居を目指した。
なんばから乗った電車は、3つ先の天王寺止まりだった。そこで一旦ホームに降り、次の電車に乗り換える面倒が入ることになった。慣れない感じに、少しばかり平常心を失いながら、そして次の電車に乗り込もうと、半分足を車両内に踏み出したその時だった。
僕の前に駅員さんが慌てたように駆け寄ってきたかと思うと、僕の動きに待ったを掛け、身柄を拘束しようとしたのだ。周囲の女性は、僕の方をジロジロ見ている。
僕は何もしてませんから。もしかして僕、捕まっちゃうわけ?
すると駅員さんは、おもむろにこういった。「女性専用車両ですから、男性はダメ。乗れません」。
穴があったら入りたいというほどではなかったが、額から汗が噴き出してきたことは事実だった。と、同時に、僕はハッとした。9分9厘の確信を抱いてしまった。すでに、女性専用車両に乗り込んでいたことについて。
なんばから天王寺まで乗った電車も、女性だらけだった。目の前の座席に座っていた綺麗なお姉さんは、こちらの様子をチラチラ上目遣いにうかがっていた。
僕に気があったわけじゃあなかったんだ。
僕は、自分自身のおめでたさ加減について、笑いを堪えるのに必死だった。と、同時に、大阪府交通局に文句の一つでも言いたい気分だった。
「だったらもっと分かりやすく表示しろ!」
長居競技場に到着して、周りの知人たちにそんな怒りをぶちまけていると、逆にこう指摘されてしまった。
「それって、空気読めない人間の典型じゃん」。「………」。
開き直るわけではないけれど、どんな状況に置かれても、空気を完璧に読める人って、世の中にどれほどいるのだろうか。1割いれば上々ではないか。「読めない人間」呼ばわりされても、そうグサッと来ない理由である。人間の9割以上は、KYではないかと僕は確信している。
あの人格者といわれるオシムさんだって、怪しいゼと僕は言いたい。
試合後の記者会見で、今野を本職ではない左のサイドハーフで使った理由について質問されると、オシムはこう答えた。
「ご褒美だ」と。
「いつも練習に真剣に取り組んでいるから……。戦術的な意味はあまり含まれていない」
今野選手を哀れに思った人は、僕だけではないはずだ。もしそうだとしても、それは口外しない方が良いんじゃないですか、オシムさん。
メンバー交替が行われたのは後半28分。しかも交替枠である3人を、そこで一遍に投入したのだ。その中にはご褒美も混じっていた。日本の楽勝ムードで試合が進んでいたとはいえ、これは緩い。芸もない。名将がすることではない。
試合終了後、記者仲間9人とそんな話を肴に、絶品の韓国飯を頬張っていると、時刻は午前1時を回っていた。ホテルに戻り、眠い目をこすりながら、カタール戦の模様に目を凝らした。
結果から言えば、日本の五輪チームは、アウェーの空気が読めなかったと言うことになる。引き分けでもオッケーな試合で、快調に前半を1−0リードで折り返しながら後半、一変。水野の怪我で、後半頭から家長を投入する誤算があったとはいえ、それでも1−1で収めなければいけない試合だった。少なくとも、残る2人のメンバー交替が、流れの改善に一役買ったようには見えなかった。
試合の流れ、つまり場の空気を読むことは、実に難しいことだと思う。しかし、それを高い次元で備えていない限り、真の名将にはなれない。名選手にもなれない。大詰めで、的確なメンバー交替をビシビシ決めることも、冷静にプレイすることもできない。
帰りの機内で、心地よい黒の革張りシートに身を委ねながら、僕は名将、名手の条件について考えた。KYではないこと。夢の中で思ったことではありません、念のため。