総合格闘技への誘いBACK NUMBER
UFCでも貫いたミルコ流。
text by
石塚隆Takashi Ishizuka
photograph bySusumu Nagao
posted2007/02/13 00:00
その雄姿は、アメリカでも光り輝いた。
2月3日にラスベガスはマンダリンベイ・イベントセンターで開催された『UFC67』のセミファイナルに登場したミルコ・クロコップ。PRIDE無差別級GP王者のUFC初見参を、アメリカの観衆は大歓声をもって迎え入れた。会場には赤白の千鳥模様の国旗をベースにしたTシャツを着た在米クロアチア人の姿もあちこちに見られ、この日はさながらミルコフィーバーに湧く1日になった。
対戦相手のエディ・サンチェズはMMA8戦8勝の将来有望なストライカーだったが、まるで役者がちがった。ミルコの迫力に気圧されるようにサンチェスは対サウスポーの常套手段である右に円を描くようなディフェンスをとる。だが、ミルコは落ち着いて間合いをつめるとジャブなどをふらずいきなり左のストレートを入れると、続いて強烈な左ミドル、足運びを読んでの右ロー、そしてミドルを警戒させて放つ左ハイといった具合に、いつものように試合を作っていく。そして試合時間の経過と共にダメージと疲労の色を濃くしたサンチェスが尻餅をつくとミルコは一気にマウントポジションをとりパンチを浴びせかけTKO勝ちをした。
危なげのない貫禄の勝利。ただ、PRIDEの時とちがい気になったのが、そのリングとなるオクタゴンの広さである。時計回りに動くサンチェスを追う状況が常に生まれ、ミルコはなかなか掴まえることができなかった。リングとちがい鋭角なコーナーのない八角形のオクタゴンでは、横移動が容易でありぶつかり合う局面が生まれにくい場面がある。普段以上に相手を追うことの多かったミルコは、今後このあたりをどうしていくか課題になるだろう。反面、突進型のファイターの多いUFCにおいてオクタゴンの広さはディフェンスをする上で彼にとっても有利に働くかもしれない。
あと、日本のファンにとって今回嬉しかったことといえば、ミルコが『PRIDEのテーマ』で入場したことだろう。ダン、ダン、ダダンと響き渡る印象的なフレーズが会場にこだました時は鳥肌がたつほどだった。戦いの舞台をUFCに変えてしまったミルコだけれど、やはりアイデンティティはPRIDEにあるということなのだろう。入場曲はPRIDEのスタッフがショートバージョンにアレンジをして彼のもとへ届けたという。ミルコ本人も「PRIDEのテーマがオクタゴンに鳴り響いたときはUFCのファンたちも総立ちになって興奮している様子が手に取るようにわかった。俺自身も、言葉では言い尽くせないほど気持ちが昂ぶった。あの曲のおかげでPRIDEで戦っていた時と同じように心の儀式、戦うモードへのシフトチェンジがスムーズにできたし、勇気づけられた」とコメントを出している。
またPRIDE時代と変わらぬミルコらしい行動といえば、試合後の公式会見をキャンセルしたことだろう。前日の公式軽量でも一切のコメントを出さず現場から立ち去っている。米国メディアは、この状況に非常に怒っており痛烈な批判を繰り広げているという。UFCに限らずアメリカの4大スポーツだって、メディアへの対応を選手たちに教育しマスコミとの関係を構築していくのが通例だが、ミルコはその不文律をいきなり破ったことになる。UFCの社長のダナ・ホワイトもこの行動には不快感を表しており、浴びせられる視線は厳しいものばかり。
でも、これがミルコだよ、と思う。日本でも彼はマスコミ泣かせだった。会見のキャンセルは日常茶飯事だったし、コメントは出さない、インタビューもなかなか取らせてくれない。まったくもってよく振り回されたし、気を許して話してくれるのは故郷のクロアチアにいるときだけだった。だが、ミルコのこの試合に対し異常なほど集中する態度こそが彼のブランド力を高めたといっていいだろう。試合前後、触れれば火傷しそうなほどの緊張感があってこそ彼だったし、逆に勝ったり負けたりしリング上で涙する姿を見るとこちらの胸に迫るものがあったり……。冷酷そうにみえて、意外と浪花節だったりするのがミルコの魅力でもあるのだ。
アメリカで同じ手が通用するかは分からない。批判精神旺盛な米メディアから総スカンを食らうかもしれない。とはいえ、急にペラペラしゃべりだしても日本のファンにとっては違和感をもってしまうし、ミルコはミルコの道を歩んでほしいものである。
最後に今回ミルコがUFCに登場したことで、多くの格闘技ファンの目がこのアメリカの老舗団体に向いたことだと思う。この流れはひょっとすればサッカーファンの目が伝統がありよりハイレベルな試合が見られる欧州サッカーへ、野球ファンが数多くの日本人メジャーリーガーが誕生したことでMLBへ興味を抱きシフトしたのと同様な状況が起こるかもしれない。ゆえにPRIDEやHERO'Sは日本の総合格闘技界を地盤沈下させないためにも踏ん張りどころということになる。UFCがPRIDEを買収するのではないか、UFCはWOWOWとの関係を清算し地上波を持つ日本のテレビ局へ売り込みを開始している、などといった噂も聞こえてきている。有名選手たちの動きも含め、UFCという“黒船”からは今後も目が離せない。