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カターニャ学園ドラマ。  

text by

酒巻陽子

酒巻陽子Yoko Sakamaki

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photograph byAFLO

posted2008/05/27 00:00

カターニャ学園ドラマ。 <Number Web> photograph by AFLO

 セリエA残留が決まった瞬間、カターニャのイレブンがゼンガ監督に対して「センセーイ」と呼んでいるような気がした。選手たちと熱い抱擁を繰り返す指揮官の姿は、かつて日本で一世風靡した学園ドラマの「主人公・教師」のように映った。それは、残留決定が、まるでドラマの脚本のように劇的なクライマックスであっただけではない。短期間でドラマチックなまでに一変したチームに、学園ドラマの「先生」的な、並々ならぬ熱意をゼンガ監督から感じ取らざるにはいられなかったからである。

 熱いハートと明確な指導力が、様々なトラブルを抱える「問題児」選手たちに“自信”と“やる気”を持たせ、チームの目標であるセリエA残留を達成させた。最終節にして残留という責務を果たした指揮官は試合後、「最後まで己の力を信じるよう選手たちに言い聞かせた」と切り出すと、「落ち着いて勝負に挑めば勝機はついてくる」と、その日もいつもと変わらぬ台詞を口にした。監督の構想どおりに、イレブンの冷静な判断が間一髪でゴールを呼び寄せたのだった。

 これまでプロ選手として、あるいは監督として何度も経験しているイタリアリーグながら、ゼンガ監督にとっては就任以来、当惑の連続だった。現役引退から数十年経て足を踏み入れたセリエAの世界に新鮮な喜びを感じる一方で、成績不振に悩むチームを残留させるという大役には大きなリスクが伴った。指導の対象者はセリエAでの経験に乏しいジョカトーレたち。彼が知っている「セリエA」とは雲泥の差があるカターニャであっても、十分な結果を残さなければ、更迭が待っている。

 セリエAのチーム監督となって初めてゼンガ氏が実施したのは、バルディーニ前監督のように課題を上げることではなく、自力で敵をたたけるという自信を選手たちに植え付けることだった。コンセプトはチーム内での求心力の向上。ゼンガ監督は選手たちの個人技に絶大な信頼を寄せると同時に、自らの熱意を個々の選手に伝え、情熱的なサッカーを目指した。こうして、カターニャのイレブンが「今までとは違う」という意識を感じ取ると、チーム全体の意図が一つとなった攻防が機能しはじめたのだった。

 勝ち続けるチームは勝利のタイミングを掴むコツを自然に身に着けているが、出来の良さと悪さが常に交錯するカターニャにはそれがない。それなら「その瞬間」を待ち構える忍耐力と冷静さを選手に培わせるべく、指示は「落ち着く」の一つに徹底したのが吉と出た。

 近年イタリアでは、アズーリ(イタリア代表)の選手が現役引退後にセリエAの監督になるケースは極めて少ない。体裁を気にするイタリア人だけに、選手として一度脚光を浴びた者が、一度壊れたら修復は難しい監督業に身を置くことを毛嫌いしているのだろうか。その傾向にあって、インテルの守護神として3冠(リーグ制覇。ウエファ杯優勝。伊スーパーカップ優勝)を極めたかつての名手は、恥晒しを承知で、重い空気が漂うカターニャでの挑戦を決意。そしてリーグ戦、最後の最後にして勝利の美酒を味わうことで、その名を再び国内に轟かしたのである。

「チームの残留は私にとってスクデット(リーグ優勝)だ」と指揮官。カターニャのセリエA残留、そしてインテルの優勝で幕を下ろした今シーズンのセリエA。ゼンガ先生の学園ドラマは束の間の休息を経て、7月に再開する。

ワルテル・ゼンガ
カターニャ

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